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第1回 事例で学ぶ物流改善:『大手路線業者A社の営業マン研修』≪前編≫

 

新たに始まるこのコーナーでは、中小のトラック運送会社と荷主企業を主なクライアントとして、物流現場の泥臭い改善を数多く手がけてきた日本ロジファクトリーが、具体的な事例をもとに物流改善のノウハウを解説する。まずは同社の青木正一代表が大手路線業者を対象に行った物流業者の営業マン研修を紹介する。


眠らせない研修

大阪で物流コンサルティング会社を経営している私は、ある日、知り合いの物流会社の社長に、大手路線業者・A運輸のブロック責任者、田中氏を紹介された。
この日は特段ビジネスの話にはならず一時間程の世間話だけで散会となったのだが、それから二週間程して田中氏の直属の部下である山村氏から連絡が入った。すぐに会いたいと言う。その場で訪問日時を決めた。
私は訪問日までに何かお土産(提案)を探そうと躍起になった。それまで当社は中小のトラック運送会社や荷主企業の泥臭いコスト削減をメーンにコンサルティング事業を展開してきた。しかし、A運輸のような大企業ともなると常識的な改善策については既に手を打っている。そこで私はコスト削減ではなく当社の持っている物流コンサルティングのノウハウをA運輸に移植するという提案を思い立った。
宅配をメーンとするA運輸は社内に大量のセールスドライバーを抱えている。しかし、セールスドライバーの営業活動は、目の前にある荷物を獲るというだけであり、荷主企業に対して物流の仕組みを提案するというアプローチに欠けている。そこに改革の余地があると判断したのである。
当日、山村氏にその提案をした。私の説明にじっと耳を傾けている山村氏の表情には全く変化が見られない。質問もない。短時間のプレゼンテーションが、とても長く感じられた。手応えのないまま「それではご検討下さい」と私から話を締めようとしたその時、山村氏から「おもしろい、早速やりましょう」という言葉が返ってきた。
ここから約100人に上る大量の物流コンサルタント養成プロジェクトがはじまった。とはいえ私には一抹の不安があった。
窓口の山村氏やその他の主だったメンバーに、かなりのスキルがあることは既に承知していた。しかし、主な指導対象となる各地のセンター長、課長職、本社システム部のスキルレベルが予測できない。
そこで最初の研修は、物流コンサルティングの“原点”に立ち戻って進めることにした。その原点とは、受講者を「眠らせない」ことである。ガックリくるかも知れないが、物流現場には、もともと勉強や人の話を長時間聞くのが嫌でこの世界に入ったという人たちが少なくない。彼を「眠らせない」ためには、かなりの工夫と説得力が求められる。それが私の考える物流研修の原点だ。
1回目はこの原点から出発して、各メンバーの様子を察知しようと決めた。
第1回のテーマは「① コンサルティング(コンサルタント)の位置づけ・役割、②コンサルタントの心得」だ。
約100人の参加者が集まった。私はテキストを読まない。受講者にも読ませない。講師がテキストを読めば当然、受講者もテキストを読む。しかし受講者に下を向かせると、すぐに寝てしまう。だから私は読まない。書いてあることを口頭で説明し、必要に応じて板書きするというスタイルをとっている。
第1回を終えて、私は安堵した。まず眠っているものがほとんどいなかった。そして会場に詰めかけた参加者たちの熱意を感じることができた。物流コンサルティングのノウハウを吸収しようとするモチベーション、参加者たちの意識の高さを確認することができた。

物流業のマーケティング
第2回のテーマは「① マーケティング情報の収集と捉え方、②(荷主)業種別物流特性の把握」だ。これまでに物流業界にはマーケティングの概念がなかった。少なくとも私はそう認識している。そして過去10年間にわたり、私はマーケティングの概念と実務を物流業に適用するという活動に取り組んできた。基本的に物流業の売り上げは「① 荷主数」、「②サービスメニュー数」、「③料金」の3つに分解できる。
そして物流業の「売り上げ」は“創るもの”だが「利益」は“出すもの”である、というのが私の基本的な考えだ。
私の知る限り、物流業の業績が伸びている時には、ほぼ例外なく口座数(荷主数)も増えている。業績を伸ばすには、やはり荷主の数を増やさなくてはならない。その方法として、3つの方向性がある。「①エリア拡大」、「②業種拡大」、「③調達物流」 である。
2003年1月■第1回●大手路線業者A社の営業マン研修●図①

着手は「③調達物流」から始め、次に「①エリア拡大」そして「②業種拡大」の順番で進めるのが堅い。
「② 調達物流」から始めるのは、ほとんど投資を必要としていないからだ。日本の大部分の荷主は調達物流を管理していない。物流業者も仕事の大部分は販売物流だ。
そこでまずは販売物流を受託している既存荷主の調達物流を狙う。既存荷主に納品していく調達先の輸送を獲るのだ。このやり方なら新たに拠点を作る必要もない。
その次は「①エリア拡大」を先にして、「②業種拡大」は最後に回すべきだ。営業エリアを拡大するには、当然、拠点投資が生じるが、荷主の業種特性を理解していればエリアが違っても満足の高いサービスを提供することは可能だ。
一方、同じエリアでも荷主の業種が違えば、物流業者に求められるノウハウも異なってくる。それだけ業種拡大は失敗する可能性が高いのである。
こうした売り上げ拡大戦略と同時に、売り上げ構成比というアプローチから戦略を練ることも重要である。
大手のA運輸はともかく、中小の物流業者の多くは1〜2社の主要荷主で売り上げの大半を占めるという状態にあるのが実情だ。このような状態では、どうしても物流業者は荷主に隷属的になる。料金についても言いなりにならざるを得ない。荷主に対する発言権を確保するには売り上げを分散させる必要がある。その具体的目安としては中小物流会社であれば先ず15%×6社の6大荷主体制が最初の目標になる。そして最終的には10%×10社の10大荷主体制を構築していく。保有車輌300台以上の中堅物流会社であれば、5%×20社が目安だ。このレベルに到達して、初めて荷主に対する価格交渉権が得られるというのが私の実感である。さらに3%×33社のマルチクライアント体制を作ることができれば経営は安定する。

コストを下げる九つの方法
物流業者にとって「サービスメニュー」はメーカーの商品開発にあたる。
昨今では「輸送」、「保管」、「流通加工」の3つに対応できることが生き残りのボーダーライン。勝ち残るためには、情報システムの対応力と中国をメーンとした輸出入対応、すなわち通関業務がカギを握るようになっている。
荷主企業からの厳しい値下げ要求に物流業各社が頭を痛めている「料金」については、次のような対応策がある。まず物流費には、支払物流費と社内物流費があることを理解しなければならない。このうち大半の荷主と物流会社が、支払物流費にばかり目が奪われている。荷主サイドからみれば本来、社内物流費を含めたトータル物流費を下げることが管理の本質である。
2003年1月■第1回●大手路線業者A社の営業マン研修●図②
しかし荷主の物流担当者の多くは、手がつけやすく、すぐに効果の出る支払物流費に闇雲にメスを入れようとする。このメスが深く入り過ぎると、多くの場合、6ヵ月以内に「副作用」が出る。物流品質の低下、協力物流業者からの値上げ要求である。これは荷主と物流業者双方にとっての悲劇である。そこで物流業者は「トータル物流費を算出しましょう」から始まる提案営業により、受託する業務の領域を広げなければならない。ホワイトボードに各種の図表を示しながら、私はそんな話をした。
2003年1月■第1回●大手路線業者A社●図③

第2回目からビデオが導入され、参加できなメンバーにも各営業所で観てもらうことになった。私もまた力が入り、A運輸のユニフォームを着てメンバーの前に立った。たった2回の指導であったが、窓口になってくれた山村氏から「これまでのように『荷物を獲る』だけでなく、『仕事を獲る』意識が芽生えてきた。全体の収入拡大へと動きが出てきた」との報告を受けることができた。

研修で伸びる人、伸びない人
第3回は「①業態別物流特性の把握②(荷主)規模別物流特性の把握」、第4回は「①荷主情報の取り方②コストダウン提案九つの方法」をテーマに据えた。
この連載をお読み頂いて入る貴方は、物流コストを下げる方法をいくつ挙げられるだろうか。ただし、協力物流業者を叩いて値下げさせるというのはナシだ。4つ挙げることができれば物流マンとして合格。6つ挙がれば提案営業マン。7つ挙げることができれば自信を持っていい。即、コンサルタントで通用する。物流コストを下げる9つの方法を整理した図を掲載した。

2003年1月■大手路線業者●図④

荷主企業には、これらの方法一つひとつについて十分協議することをおすすめする。また物流業者側は自分のクライアント、もしくはクライアント候補に対して、9つのうちどの改善を適用するか、提案を練って欲しい。
第5回から具体的なケーススタディに入った。第5回は「① 物流のシクミづくり提案方法、②物流改善ゲーム〈住宅部材メーカーN社〉」。
第6回は「① 数値による提案方法(物流コスト算出)、②最優秀チーム改善レポート発表、③研修コストの算出」だ。
カリキュラムは実際に私が改善に取り組んだ荷主企業を題材に、受講者をチーム分けし、「①二時間で改善方法(案)を作成」、「②変化への対応力をつけるため、随時荷主情報を付加」、「③プロジェクトリーダーと書記が内容をまとめ」、「④チーム別に発表」、「⑤表彰する」というものであった。物流改善ゲームでは嬉しいことがあった。本社の飯田主任の成長だ。
当初はホラー映画でも見ているかのような驚きの目で受講し、質問内容も的を射ていなかったが、とにかくどんどん質問してくる。前向きな姿勢とガッツだけは光っていた。自分の年齢とさほど変らない私が100人の前で指導しているということが飯田主任の一番のモチベーションになったようである。彼は回を増すごとに確実にスキルアップしていた。
毎回、最後に実施する確認テストでもだんだん点数がアップしていた。そして、物流改善ゲームで何と最優秀賞をとったのである。受講者からは飯田主任に惜しみない拍手が送られた。ブロック責任者の田中氏も大喜びであった。
業界大手のA運輸と言えども「2:6:2」の原則は動く。何を言われなくても、自主的にトライ&エラーをして事を成す人間は全体の20%に過ぎない。残り60%は助言、アドバイス、意識改革、方法論を与えられて始めて仕事ができるタイプである。そして20%はどう指導してもダメなタイプである。私の指導では時に、研修(指導)コストを算出してもらうことがある。受講者に原価意識をもってもらうことと、人材育成に会社がどれほどの代償を払っているかを実感してもらうためである。
「① 外注費(コンサルティング料)」、「②施設使用料(会議室坪賃料)」、「③人件費(参加者の人件費)」、「③ 研修(指導)に時間を費やしている営業マンなどの営業機会損失(売り上げ)」、「⑤その他水道光熱費」などである。
こうした数字を聞いても、反応するものと、しないものがいる。実際、A運輸の受講者のなかにも全く反応のない人がいた。彼らの大半は社歴の長いセンター長たちであった。最終的に彼らは優秀な若手中間管理職から「時代適応」という、自己改革を迫られることになった。

「3PL」より「物流幹事会社」
私は、A運輸の可能性のある受講者たちと次の3つの約束をした。
1.年間の名刺交換数一〇〇〇枚を達成すること
2.名刺交換した相手に手紙(ハガキ可)を書くこと
3.この指導(研修)終了後、自分の名刺に「物流コンサルタント」といれてもらうこと
1については、営業マンの活動量を先ず増やさなければならない。大手外資証券のトップセールスマンで年間5000枚といわれる。私で1500枚、山村氏で1200枚という。
当然ながら、新しい出会いがないと仕事は生まれない。訪問しやすい既存顧客だけの営業であれば、名刺は増えない。
2について。これからの物流マンは“書く”ことができなければならない。提案書もしかりであるが「年賀状」や「暑中見舞」もまた重要である。印刷された「年賀状」や「暑中見舞」はよくあるが、自筆で一言書かれたハガキは印象に残る。また年2回の手紙(ハガキ)に限らず日々、名刺交換した人物に
礼状を出す癖をつけてもらいたかった。私自身も受講者たちに暑中見舞を書いた。すると受講者の一人、石田センター長から自筆の手紙が届いた。非常にうれしかった。
彼は52歳のセンター長であるが、感受性が若い。彼の下で働く社員は幸せだろう。
3について。「物流コンサルタント」に国家資格はない。「中小企業診断士」の資格を取るだけでは、務まらない。百戦錬磨の経験と実績が伴わなければならない。ましてや物流現場の改善となると、そこに実務経験が付加されないと機能しない。要は物流マンとしてのスキルである。そこで敢えてこの「物流コンサルタント」という肩書きを名刺に入れてもらうようミッションを与えた。その重みに応えられるかどうかで、新しい道筋に入れるかが決まることになる。
その後も、
第7回「①荷主の固定客化法、②ケーススタディ〈事務用品メーカーY社〉」。
第8回「①共同配送の提案、②ケーススタディ〈ガラスメーカーF社〉」。
第9回「①自社物流サービスの商品化方法、②ケーススタディ〈建設現場資材メーカーN社〉」。
第10回「①荷主情報収集提案ツールの作成、②ケーススタディ〈食品メーカーM社〉」。
と続けた。
指導がスタートしてから4ヵ月。山村氏から指導の成果について報告をもらった。「現時点でディスカウントセンター、ホームセンターをはじめ、計5社のコンサル案件がきている。
これを何とか契約につなげたい。従来から営業は行っていたが、コンサルティング営業に進化したことで、今回の結果が出てきた」と評価してくれた。しかし、どうも3PLの説明がうまくできず困っているという。そうであろう。提案する当事者たちも3PLという表現は「①わかりづらい」、「②他社と差別化できない」というデメリットがあると考えているそこで新しい表現として「(物流)幹事会社」を使ってもらうよう進言した。既にその効果は私の会社で証明されていた。
日本ロジファクトリーのコンサルタントたちは、この言葉で多くの荷主や物流会社から理解を得てきた。いわゆる、日本版3PLの別名であった。
(次回《後編》に続く)
* 文中の個人名は全て仮名です。