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第25回 事例で学ぶ物流改善:『営業至上主義の改善』

—中堅印刷メーカーY社

顧客の要望には100%応える——そんな営業至上主義が、生産や物流のコストをいたずらに増加させていた収益性は悪化する一方だ。しかし、データが未整備で、事実を数値で裏付けることができない。中堅規模のメーカーであっても、管理レベルは情報投資やSCM以前の段階にあった。


ずさんな利益管理

Y社は関東と関西に生産拠点を持つ年商500億円規模の中堅印刷メーカーだ。印刷メーカーの業務範囲は会社によって、かなりの違いがある。
大量印刷中心の会社もあれば、デザイン性の高い小ロット対応を得意とする会社もあり、また印刷媒体も紙、塩ビ、プラスチック、繊維など様々である。
Y社の場合、証券類などの金融機関向けの紙製品を始めとした、高い精度の求められる印刷物をメーンに扱っている。
かつては付加価値の高い仕事であったが、印刷技術の革新とともに価格競争が激化し、収益性は低下傾向にある。かろうじて黒字は確保しているものの、このままでは赤字転落も時間の問題という状態にまで追い込まれていた。
経営を立て直すため、改革の責任者としてY社の関連会社から2年間という期限付きでM氏が送り込まれることになった。我々NLFに物流コンサルティングを依頼してきたのも、このM氏であった。赴任後、M氏はY社の内情を目の当たりにして、その利益管理の甘さに愕然としたという。
月次の損益は翌月10日までに作成する体制にはなっていた。しかし、その内容は信憑性に欠けるもので、得意先別の利益管理はもとより商品別、事務所別などの管理を全くしていない。年商500億円規模のメーカーとは思えない代物だった。それで済むぐらい、従来は楽に商売ができていたということでもある。
改革に当たってM氏は、三つのプロジェクトを立ち上げた。「① 生産管理プロジェクト」、「②原価管理プロジェクト」、そして「③物流管理プロジェクト」である。
「① 生産管理プロジェクト」と「②原価管理プロジェクト」を先行させ、「③物流管理プロジェクト」が、その後を追いかける形で全体の改革を進めた。
3つのプロジェクトに、それぞれ専門のコンサルタントを起用した。その理由は、M氏の在任期間が二年と限られていたこと。社内に優秀な人材が見当たらないこと。過去に社内メンバーだけでプロジェクトを行って失敗した経験があったこと。さらには、社外の第三者から課題を強く指摘してもらうことで社内の意識改革を図るという狙いがあった。
このうち「物流管理プロジェクト」を我々NLFが担当した。新年度の始まる4月に取り組みをキックオフさせた。
我々はまず、東西2カ所に設置された2つの生産拠点を調査した。工場のラインは予想以上に複雑であった。基本ラインから各仕様別にラインが枝分かれしていく、本流から支流に分かれる分岐点が6カ所で発生していた。さらに各支流の機械の設定も商品が変わるごとに変更しなければならない。現場ではイレギュラー業務が多発していた。
出荷は発注単位で処理することが基本とされていたが、実際にはそうなっていない。何がレギュラー業務なのかわからなくなるほど、多種多様な処理を強いられていた。FAXや営業マンの指示、電話によって受けた注文を元に作成された受注伝票を見ると、注釈や備考欄にぎっしりと文字が書き込まれている。フォーマットはあるものの現実的にはフリーメモと呼んだほうが近い状態であった。大手競合先との差別化を図るという目的で、Y社では従来から第一線の営業マンが顧客の希望を全て聞くという体制をとっていた。NOと言わない営業を行っていたのである。
そのために後工程の生産や物流の現場では、緊急オーダーやデザイン変更などに常に振り回されていた。物流の90%は受注のやり方で決まる。Y社のような体制では、現場がイレギュラー業務の連続になるのも当然だった。
改革にあたってY社もまた、昨今叫ばれているSCM(サプライ・チェーン・マネージメント)という言葉を意識していた。しかし、営業が顧客の要望を全て受け入れ、原価意識を持たないまま見積書を作成している現状では、取引会社とのコラボレーションに取り組む以前に、社内の生販物を統合する必要があった。
Y社のケースは決して例外ではない。改革の旗印にSCMを掲げながら、現実にはもっと足元に問題を抱えている会社は少なくない。三文字英語に踊らされて改革・問題の本質を見抜けないでいる会社が、
むしろ増えているように感じている。実際、物流専門コンサルタントとして我々が、物流という切り口から改善に取り組んでいった結果、仕入れ・生産・販売の問題点があぶり出されることになったという経験は、枚挙に暇がない。物流という経済活動の“後始末”役には最も顕著に、商売の仕組み上の矛盾が
反映されるのである。

物流コストの算出結果に唖然
話をY社の現場に戻そう。このように受注にイレギュラーの多いことが、庫内作業だけでなく、配車にも影響していた。事前に計画が立てられないため、トラックの持ち時間が長く、コストアップの要因になっていた。しかも、Y社には物流会社との契約書、タリフ自体が存在しなかった。在庫データも整備されていなかった。同社に限らず印刷業には印刷物や仕掛品を一定期間預かっておくための保管機能が求められる。それをY社は敷地内の空いたスペースに無造作に置いて保管していた。
在庫のロケーションはベテラン担当者に聞かなければ分からない。聞いても分からない場合は探すしかない。調べてみると、なかには在庫としてカウントされていないものまであった。しかも、販売済み印刷物であれば、破棄するのか、あるいは他に輸送するのか、顧客にお伺いを立てる必要がある。Y社自身には容易に手が付けられないものが少なくなかった。
関東拠点も関西拠点もほぼ同じ状況であった。Y社の現場は、ベテラン担当者の経験と勘が頼りで、業務を数値で語ることのできない状況であった。
トータル物流コストを算出するためのデータ分析に当たった我々は予想していた以上の悪戦苦闘を強いられた。それでも何とか改革の叩き台となる数字を弾いた。
分析の結果、Y社の売上高に占めるトータル物流費の割合は12.6%であった。うち支払い物流費だけで7.5%だった。
これに対して業界大手2社の平均は1.7%だ。その差、5.8ポイント。実に4倍以上という数字であった。ちなみに支払い物流費は、その50%超を輸送費が占めていた。
一方の対売上高社内物流費は5.1%であった。社内物流費は受注処理のための庫内業務の人件費が大半を占めた。
これらの数値結果と現場調査に基づいて次のような改善実施項目と優先順位を設定した。もっとも、この5項目のうち「①受注締め切り時間の設定」、「②物流コンペの実施」、「② 物流運営ルールの設定」の3つは、重要度の優先順位をつける以前の問題であり、かつ早急な処置を必要としていたため、ほぼ同時進行で着手した。

①受注締め切り時間の設定
②物流コンペの実施
③物流運営ルールの設定
④物流経費算出による営業マンのコスト意識の向上
⑤自社倉庫運営の外注化

「① 受注締め切り時間の設定」について、従来からY社では当日出荷の受注の絞め時間を15:00と決めていたものの、ルールが形骸化していた。実際には18:00過ぎまでの注文を当日出荷で処理していた。当然、作業員の残業代や協力会社のトラックを拘束する費用が発生していた。生産コスト、物流コストが上がれば、強みと考えている“営業力”が、同社の経営にとって逆に弱みになってしまう。そのことをM氏は営業マンを集めたミーティングで説明した。
しかし、営業マンからは「顧客の要望を聞くことが一番である」「今までのやり方を変えることはそう簡単にはできない」などといった反対の声が上がった。結局、この日は収拾がつかず時間切れとなった。
やはり物流改革はトップダウンでなければ成功しない。後日、今度は社長名で各営業マンに文書を通達し、現場に協力を要請した。
それから1カ月後、15:00を超える受注は全体の30%を切り、2カ月後には15%、3カ月後には約10%にまで減った。生産や物流コストを考えればルール違反はゼロにしたいところだ。しかし、営業を含めた会社の収益全体を考えればムゲに断るべきではないイレギュラー対応もある。イレギュラー対応が全体の10%前後で落ち着くのであれば妥当といえるだろう。プロジェクトメンバーと我々はそう判断した。
一方、「②物流コンペの実施」では大きくつまずいた。受注ルール改善の結果が出る前の段階で、コンペへの参加を表明した物流業者の現場視察を行ったため、大半の企業に「これだけのイレギュラー業務。しかも量が大きく変動する物流を効率化するのは難しい」と敬遠されてしまった。1次募集時に12社に声をかけたが、最終的に参加したいと申し出た物流会社は2社だけという散々な結果になってしまった。
緊急性が高いという判断から、コンペの実施を最重要項目の1つとして最初から取り組んだことが裏目に出た。結局、仕切り直しを迫られて、コンペの開催を3カ月延期することになった。
「② 物流運営ルールの設定」では、受注伝票のフォーマットと処理の流れを変更するとともに、イレギュラー時の対処方法とルールづくりに注力した。イレギュラー対応にもマニュアルを作成したのである。
例えば、緊急便を出さなければならない場合でも、工場管理室を通して担当営業マンに本当に納期に余裕がないのか確認する。
Y社のように納期遅れが恒常的に発生していた会社の営業マンは、往々にして「保険」をかける。実際に求められている納期より1日〜2日、前倒しにした出荷指示を生産や倉庫に伝えていることがある。

情報投資の前にやるべきこと
「③ 物流経費算出による営業マンのコスト意識の向上」は、Y社の経営に最も大きなインパクトを与えた改善となった。
それまで各営業マンの作成する見積書には物流関連の費用が組み込まれていなかった。材料費と大まかな人件費、外注費などから見積もりを出していたが、その基礎データも3〜4年前のデータで正確な原価とは言いきれなかった。
そこでプロジェクトメンバーは、「トータル物流コストを10%にまで落すためには10万円以下の受注は見直してもらうことも必要です」「受注伝票は1枚115円で5行まで記入できます。可能な限り受注伝票をまとめて下さい」などといった具合に、具体的な数値を元に、物流経費が販売経費であることを強く訴えた。物流を数値で語ることで、営業マンも耳を傾けるようになった。
「こんなにコストがかかっているとは思いませんでした。これからはリアルかつタイムリーに、様々なコストを考慮して値決めをしたいと思います」という反応などがあった。Y社の全国約1700人の営業マンの例え半分にでも、このような意識が働いていけば効果は絶大なものになる。
「④ 自社倉庫運営の外注化」は、先の物流コンペの実施と連動しているテーマだ。これまで倉庫の運営の一部は自前で行ってきた。しかし作業スタッフの老齢化が目立ってきたことに加え、倉庫施設にバブル期に建設したフルオートメーション機能の“高い買い物”をしており、今となってはほぼ負の産物となっていた。
そこで受託物流会社にはマテハンの改良あるいは撤去作業のレベルから協力を仰ぎ、運営自体を外注化する計画だ。
一連のY社の物流改善を振り返ると、最大のネックは基礎データの未整備にあったと言える。数字の取り方や集計の方法などの基本的な作業が正確ではなかった。このような状態で情報システムに投資しても効果は得られない。
ITは魔法ではない。先ずは利益を出すこと、経費をコントロールする重要性を認識した上で、一つひとつの数字の仕分けを正確に進めていくことが何より重要である。