Top > 雑誌寄稿 > 第27回 事例で学ぶ物流改善:『急成長物流企業M社の人材育成』

第27回 事例で学ぶ物流改善:『急成長物流企業M社の人材育成』

下請け仕事中心の零細物流企業を創業者の父から受け継いだ二代目社長。
事業領域をチェーンストアのセンター運営に拡げることで、売上規模を急拡大させた。しかし会社の成長に人材の育成が追いつかない。社長は強い危機感を持っていた。


やり手の二代目社長

「このカリキュラムはウチには合わない」。
そう言って、中堅物流企業M社のS社長は、我々NLFが提案した人材育成プランを突き返した。M社の実態を理解し、社員のレベルに則した教育カリキュラムになっていないという判断であった。S社長は研修自体の目的化や形骸化を懸念していた。教育の“実践”に強くこだわっていたのだった。
M社は東京・大阪を中心に冷凍・冷蔵・チルドの配送、センター運営業務を展開している。現在の年商は約80億円。この分野としては一定の存在感を持ち得る規模といえる。ここ数年、大手コンビニや外食チェーンなどを主要荷主として、毎年10億円のペースで売上高を拡大させている。S社長は創業者を父に持つ二代目社長だ。
会社を引き継いだ時には細々と輸配送・保管業務を行っているという程度の零細企業だったが、チェーンストアのセンター運営事業を手掛けることで飛躍を遂げた。しかし、急激な成長は会社のどこかに必ず歪みをもたらす。M社の場合には人材面にそれが現れていた。
規模の拡大に伴い、数的には管理職を補充していたものの、質的な向上が置き去りにされていた。聞けばM社は現在の年商80億円規模になるまで、「研修」と名のつく取り組みを一度も行ったことがなかったという。資格の取得や外部セミナーへの参加はもちろん、コンサルタントの活用さえも初めてのことだった。
S社長自身、学校を卒業後、そのままM社に入社したため、育てられたという経験がない。他の会社がどのような教育・研修を行っているかを知らなかった。しかし、M社にとって管理職の育成は待ったなしの課題であった。それなしには成長も維持できないことを、S社長ははっきりと認識していた。それだけに教育カリキュラムの内容に対する思い入れも強かった。
コンサルティングの最終的な合意を得るまでに、S社長と我々は冒頭のような交渉を何度も重ねることになった。

経営数字の公開は両刃の剣
正式に契約を提携し早速、教育・研修の対象となる管理職社員約20人へのヒアリング調査を行った。研修の実施に当たって、まず対象者の意見を吸い上げる。そして吸い上げた意見をできるだけ反映して具体的な教育カリキュラムや職務基準書を作成する。それはS社長が強く望んだことだった。
M社にとって過去に経験のない取り組みであっただけに、抵抗感をできるだけ抑えたいという配慮だった。実際、個別にヒアリングを進めていくなかで、我々の当初の提案が拒否された理由も痛切に感じることができた。予想以上に管理職のレベルが低かったのである。
管理職の仕事が、どういう内容であるべきかを理解できていない。成り行きで日々の仕事を処理する受身の姿勢が目立っていた。自分達の手掛けている仕事が黒字なのか、赤字なのかも把握できていなかった。もっとも、このうち最後に挙げた収益性に対する認識の低さは、経営に関する数字をオープンにしてこなかった会社側にも責任の一端があった。
会社の目標や改善すべき内容を定性的な「ことば」だけで伝えるには無理がある。人材を育てていくためには本来、数字の公開が不可欠だ。ただし経営数字の公開は両刃の剣ともなる。一般的に言って、社員たちが経営に関する基礎教育を受けており、会社を良くしたいという認識が浸透している会社でにあれば公開は“吉”と出る。
しかし、そうでない場合には、誰それの給料は高すぎる、本社が経費を使いすぎているなどと、目的とは逆の反応が出てしまうことが少なくない。そのため具体的には、① ドライバーの給料などが主となる項目は大枠で「人件費」や「総人件費」として表わし、②現場が自ら着手できる「燃料・油脂費」「修理費」「タイヤ・チューブ費」「高速費」などはそのまま勘定科目で表わすといった工夫が必要になる。
同時に経理担当者などを介して、数字の意味の説明や見方を伝えるなどの基礎教育を行わなくてはならない。

プロパー幹部の現状肯定
M社の個別ヒアリングは大きく、本社の担当部長クラスと、現場の所長/センター長の2つに分けて実施した。
このうち本社の担当部長からは、① 部下の管理方法と、② 現場とのコミュニケーション方法に関する研修の要望が強かった。一方、現場の所長/センター長からは、① ヒトの管理方法がわからない、② 自分の職務範囲が不明確といった声が聞かれた。
また、このヒアリングによって、先代からのM社のプロパー幹部と途中入社組とでは、現状認識に大きな違いのあることが明らかになった。プロパー幹部たちは過去に体系的・継続的教育を受けてこなかったことから、「現状で良し」とする意識が強かった。
一方、途中入社組の幹部たちからは「会社の明確な方向性とビジョンが必要である」あるいは「教育による若手の底上げが急務である」といった声が上がっていた。危機感が強かったのである。
我々から見る限り、M社の管理職は“管理する人”の呈をなしていなかった。これまでの急成長はS社長の強いリーダーシップとトップダウンだけに支えられていたと考えるしかなかった。ヒアリングから一カ月後に我々は職務基準書のほか「体系的教育・研修プログラム」(図1)、

図①

「管理職研修Ⅰ〈基本編〉」(図2)、

2005年■急成長物流企業M社の人材育成●図②
「管理職研修Ⅱ〈応用編〉」(図3)

2005年4月■図③
いった具体的なカリキュラムを提示した。このうち基本研修と応用研修の内容はそれほど特殊なものではないが、研修の事前に行われるオリエンテーションは特に重視した。
最初に教育・研修の意義・目的を参加者全員がしっかりと確認する。さらに、何をもって研修の成果とするかという具体的な着地点を明確にする。そのために、各部長に担当部署の職務基準書を自ら作成するという課題を出した。
こうした事前オリエンテーションや動機付けの実施は、大企業では忘れられがちなプロセスだ。実際、研修の最終成果の設定、効果測定、受講側からのフィードバックを実施している会社は希で、日程を消化することで“育成”が図れていると勘違いしている会社を多く見受ける。一方通行型研修で自己満足してしまっているのである。

研修成果と副作用
M社の研修は現在も進行中である。しかし既に多くの変化が現れている。事前オリエンテーションで、S社長はM社の将来ビジョン・目標をはっきりと語った。
これによって会社に対する帰属意識の薄かった若手の一部幹部候補者の志気が上がった。また、これまでM社では違う部門の社員と接する機会があまりなかったが、この研修をきっかけに「あいつには負けたくない」とライバル心を燃やすものも出てきた。
応用研修では基本研修の内容に基づいたケーススタディ、ロールプレイングを行った。ここでも大きな収穫があった。ランダムに選出した2名を1つのペアとして、“上司”と“部下”に設定。荷主からの誤配クレームに対して部下から報告、相談を行い、それに基づいて上司が指示、指導を行うといった演習を行った。全体の傾向として、このロールプレイングでは、「書く」、「例を用いる」などの表現力に長けた人材が、現場の若手幹部に多く見られた。ただし若手幹部には、数字意識の希薄なものが少なくなかった。
一方、部長クラスのベテラン幹部は、数字意識は比較的持ち合わせているものの、表現が精神論中心で方法論のない“説教”になっていた。研修によって最も大きく変化したのは三〇歳から四〇歳台前半までの若手幹部たちだった。
「初めて研修というものを受けた。これから業務に活かしていきたい」、「私の考え方、やり方は間違っていなかった」など感想は様々であったが、いずれも研修から大きな刺激を受けたことが確認できた。
一方で研修の“副作用”もあった。意識改革型の教育・研修には“出血”の伴う場合がある。M社の場合も例外ではなかった。社歴35年というプロパーの部長が最終プログラム直前で会社に辞表を提出したのだ。
理由は「今から自分のやり方を変えていくのはムリである」とのことであった。変化が起きれば当然、組織は揺らぐ。船の舵取りのように、その角度が急であればあるほど、海に投げ出される人も多くなる。過去の成功体験が染みついたベテラン幹部にとって、体制の変化は自己否定を強いられていることを意味する場合がある。新しい体制に耐え切れない幹部は行き場を失う。これは物流業に限らない企業人の宿命である。
しかし、研修を通してM社には将来の幹部がしっかり社内に存在していたことも確認できた。こうした現場の若手管理職が本社の部長クラスへと成長していくのに伴い、M社は成長の第二ステージを駆け上ることになるだろう。