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第30回 事例で学ぶ物流改善:『素材メーカー Y社の在庫削減』

多くの会社で「在庫」は経営のブラックボックスになっている。ルールを無視したデータの改ざんや、決算数字のための調整などが実際には珍しくない。しかしズサンな在庫管理はいずれ破綻する。問題が大きくなる前にメスを入れる必要がある。素材メーカーY社の事例からそれを学ぶ。


在庫が膨らんでしまう
Y社は九州に拠点を置く中堅の素材メーカーだ。年商約60億円という規模ながら商品開発面で他社との差別化を図っている。
Y社の販売先は国内にとどまらず、全体の約10%をヨーロッパ、アジア地域で売り上げている。大手メーカーと直接バッティングするのを避けるため販売チャネルにも配慮しているのだ。ある税理士を通じてY社を紹介されたのは、今から7年ほど前に遡る。
物流改善がスタートする直前まで話が進んだところで突然、オーナー会長からストップがかかった。当社に対するコンサルティングフィーを予算化できないことが理由だった。少なくとも当時、我々はそう認識していた。そんな話も忘れかけていた某日、久しぶりに会長の息子であるS社長からメールが入った。工場の拡張に伴い物流改善が待ったなしになっている。今度こそNLFの力を借りたいといった内容であった。
しかし、まだ正式な依頼ではない。我々は半信半疑で再びY社を訪問した。S社長は三人の社内プロジェクト担当者を紹介してくれた。そして会長とも短い時間ながら話し合いの場を持ち、今度こそスタートすることを確認して準備に入った。この初回訪問の段階で、S社長は自分なりに今回の物流改善の狙いを整理していた。主なポイントは以下の3点であった。

1.製品在庫のあり方と保管方法
2.原材料在庫のあり方
3.物流全般に関する無駄の撲滅

S社の工場は2つ。本社工場と、そこから10kmほど離れたところに第2工場がある。このうち第2工場を改造して、本年中に生産ラインを2つ増設する計画だった。これに伴って保管スペースも増える。
ただでさえ製品と原材料があふれかえっている状況で、新しいスペースが出来てしまうと、さらに在庫が膨らんでしまう、売上高の伸びを上回って在庫が増加することをS社長は懸念していた。当然の心配だった。在庫管理帳票、在庫管理ルール、棚卸の頻度などの管理方法が何も定まっていないY社が、いたずらに保管スペースを拡大すれば、致命的な問題にまで発展しかねない。S社長の説明の後、我々はY社のプロジェクトメンバーにいろいろと尋ねることにした。

Q:「製品の品目はいくつですか」
A:「確か200〜300だと思います」
Q:「在庫差異はどれくらいありますか」
A:「いつもコンピュータの方で修正するので数値を採っていません」
Q:「在庫回転率はどれくらいですか」
A:「わからないですね。計算方法を教えてもらえますか」

そんなやり取りがしばらく続いた。彼らはデータを持っていなかった。データをとることの必要性自体を感じていなかった。
本来、「在庫」は「金」である。誰でも財布の中身は確認する。お金を支払う時、お釣をもらう時などには必ず照合する。給料日には会社でもらった明細票と口座の残高を確認するであろう。それをしていない、する必要を感じていないということだ。
極めて基本的なことではあるがY社のメンバーには「在庫」が「金」と同じであること、そうである以上、実際の「金」と帳簿を合わせることが、経営において不可欠であるという認識から指導する必要があった。
クレバーで勉強熱心なS社長自身とは裏腹に、社内は想像を絶する前時代的な状態であった。Y社の経営の実権はS社長が自ら「ボス」と呼ぶ会長が完全に握っていた。そのために改善や改革が後回しとなり、年商規模にふさわしい会社の体を成していなかった。それでも長年にわたり個人商店として生き延びてきた。すさまじい生命力ではある。

稼働率一辺倒の製造現場
結局、この日に我々はY社の在庫が「多い」のか「少ない」のか、それとも「適正」であるのかを判断できなかった。
我々はあらためてヒアリングと調査日を設定し、それまでにプロジェクトメンバーに準備してもらう必要のあるデータ、資料の内容を伝えた。
それから2週間後、実地調査を行った。1日の出荷量は平均6000ケース。基本的な入出荷は新工場で行われ、一部納品先には本社工場から直送していた。本社工場内には在庫がありとあらゆるところにあふれ返り、本社工場だけでは保管しきれないために第2工場へ横持ちを行っているという状態だった。第2工場に足を移しても、やはり大きな保管スペースにぎっしりと商品が積まれていた。受注から在庫の引き当て、出荷という基本的なフローには大きな問題は見られなかった。しかし工場は在庫量に関係なく、動かせるラインは出来るだけ稼働させるという方針をとっていた。これでは誰が考えても在庫は膨らむ一方である。その理由を担当者に尋ねると、生産する商品の切り替え、いわゆる製造ラインの段取り替えに短いラインで2〜3日、長いラインで2〜3週間かかるからだという。
確かに生産工程における段取り替えは時間を要するためボトルネックになりやすいのは事実だが、それにしても時間がかかり過ぎているように思えた。そこで、さらに調査を進めることにした。その結果、段取り替えに時間のかかる理由は以下の2点であることがわかった。

1.製造スタッフはそれぞれが自分の持ち場しか対応できず、多能工化されていなかった。
2.若手のスタッフに対する段取り替え方法の指導をOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)
だけに頼っていた。そのため段取り替えのたびに、熟練したスタッフが現場で指揮する必要があった。

その結果として「段取り替えに時間がかかる」→「作れるときに作れるだけ作っておく」→「在庫が増える」といった悪循環を招いていた。これでは時間がかかるのも当然である。この2点については、中間報告会を待たず、すぐにプロジェクトメンバーに伝えて、改善するように求めた。具体的には以下のような取り組みを行った。

1. 多能工化の遅れについては、まず製造ラインのスタッフを平均5人で構成するチーム編成にした。そして当初は全ラインを対象とするのではなく、前工程と後工程の両隣りのチームの仕事を、繁閑に応じて相互に補完・応援するというルールにした。
2. 段取り替え方法の指導は、OJTだけに依存せずに、週に一回、ライン設備に関する基礎勉強会を開催することにした。製造指示書にも手を加えた。段取り替えを急ぐ必要がある場合とない場合に分けて、急ぐ必要がない場合にだけ、製造指示書にOJTを行うことを明記した。

データ収集に苦労
通常、我々NLFは改善にあたって、まず現場の定性的な調査を元に仮説を立て、その後で定量的な分析(データ分析)によって仮説を検証するというアプローチをとる。しかしY社の場合、定性調査の段階で既に物流費が高いことは明らかだった。
調べてみると案の定、売上高約60億円に対し年間支払物流費は約5億円に上っていた。対売上高支払物流費比率は8.3%で同業界平均の四4.6%を大幅に上回っていた。1日当たり10便にものぼる本社工場と第二工場間の横持ち費用の発生や、出荷量と車輌サイズが合わないことによる積載率の悪さなどが主な原因であった。しかも、協力物流会社の6社とは、これまで運賃の話し合い自体を行ったことがないとのことであった。
一方、在庫水準に関しては定性的な調査でははっきりと状況を把握できなかった。Y社の製品は荷姿が大きいことから在庫金額の割には在庫量が多く見える。工場が大消費地から遠く、また緊急オーダーの発生しやすい製品が多いため、ある程度の在庫が必要であることは理解できるが、現状が多いか少ないのかは判断できなかった。
早くデータが欲しかった。我々はデータの収集に始まる以下のような改善策を急いだ。

■仕入や在庫金額などの業務に落としこめる数字の公開
■実棚頻度の向上(年1回から月1回へ)
■製品アイテム別在庫回転率の算出
■原材料発注点の設定
■一時間毎による受注業務のバッチ処理
■在庫管理表(システム)の改良
■保管ルールの設定と実施
■両工場の物流コスト算出による改善の必要性の浸透(業務の可視化)
■新工場における荷札貼り作業の外注化(物流会社)
■現場人員の業務目標の設定
■その他(言葉の統一と帳票の統一、整理整頓の徹底など)

結局、着手から3カ月目にしてようやくリアルな数字が出た。やはり在庫は過多であった。S社長は、改良した在庫管理表を元に数字の実態を管理者会議で発表した。
Y社のプロジェクトメンバーは、それまでの担当者の勘による予測に、ある程度の自信を持っていたようだが、それがいかにいい加減なものであるかを思い知らされることになった。S社長は製造・営業・業務・システムの各部署がそれぞれ改善書を提出するように指示した。

経営のブラックボックス
こうしてプロジェクト開始から6カ月が経過し、全社改善の結果、Y社の製品在庫は約25%減った。
基本的なことではあるが、Y社のスタッフが自分たちの仕事を数字で語れるようになったことも大きな収穫であった。S社長が思い描いていた現代的な経営のカットオーバーであるとも言えた。
我々はその後も物流改善から営業そして製造まで幅広く指導を続けた。そのなかで色々なことが分かってきた。
Y社の在庫に対する問題意識があまりにも希薄であること、そして長年にわたり改善プロジェクトが保留になっていたことなど、それらは全てボスの会長に原因があった。
会長は在庫の実態を隠したがっていた。裏帳簿を作成し、在庫の勘定で決算数字を調整していたのだ。
担当の税理士でさえ在庫に関しては経営上のタブーとして触れないようにしていた。しかし、そのまま放置すれば必要以上に在庫が膨らんでしまう。結局、どこかで辻褄が合わなくなって破綻すると判断した息子のS社長が「物流改善」という切り口で猫に鈴をつけようとしたのであった。
Y社のような未上場会社では、作為的な在庫調整は決して珍しくはない。上場企業クラスでもコンピュータ在庫と実棚の差異を何の違和感もなく入力修正している。営業や発注担当者のミスはそこで消されてしまう。その結果、浮いた在庫が倉庫にデットストックとして放置されたままになっているケースを
よく目にする。その会社にとっては、それが伝統的な“シクミ”なのである。
そういう意味でも「在庫」は、まだまだ経営におけるブラックボックスになっていると言わざるを得ない。こうした課題は、最新のWMS(倉庫管理システム)などで改善できるものではない。現場システム担当の権限や企業モラルにまで発展する根の深いテーマなのである。