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第31回 事例で学ぶ物流改善:『物流ベンチャーG社の首都圏撤退』

地方から首都圏に進出した物流ベンチャーG社。社長自ら新天地で事業開拓に奔走するものの、なかなか成果が上がらない。そのうち頼みの本社もおかしくなってきた。いったん首都圏から撤退し、本社を立て直すよう提案。それから半年あまり。売上高は撤退分を吸収し、新たな成長軌道を描くようになった。


物流起業家が転職希望?
G社は名古屋に本社を置く創業して七年の物流ベンチャーだ。主に軽トラックや2トン車などの小型車両で地域集配を行っている。
G社を立ち上げたK社長がある日、当社日本ロジファクトリーに電話をかけてきた。「どこかメーカー系の物流会社の就職先はありませんか。勉強のために他の会社で働きたいのです」という。当社の人材紹介事業担当者が「今の会社はどうされるのですか」と訊ねたところ「任せる人がいるので会社は大丈夫です」とのこと。
確かに当社は物流マンの人材紹介事業を行っている。しかし起業家が転職したいという話など、これまで聞いたことがない。紹介事業担当者にその電話の内容を確認したものの、どうにも腑に落ちなかったため、私自身がカウンセリングに当たることにした。
K社長は住まいを本拠地の名古屋から東京に移しているとのことだったので、東京でお会いすることになった。当日、私は何の準備もせず、とにかくK社長の話を素直に聞いてみようとだけ考えていた。それによるとK社長は33歳。不動産会社や物流会社に勤務した後、26歳の時に白ナンバーのトラックを一台購入し、事業を始めた。
現在、G社の年商は約1億5000万円。保有車両台数は30台。本社は名古屋に置いているが、2年前にマーケットの大きさに憧れて東京に進出した。これに合わせてK社長も生活基盤を東京に移し、名古屋と頻繁に行き来しながらも、東京営業所を軌道に乗せることに大半のエネルギーを費やすようになった。本拠地の名古屋はといえば、K社長とは20ほども年の離れたY専務に任せているとのことであった。
数十分の話し合いの中で、当初K社長が当社に依頼したメーカー系物流会社への転職は、必ずしもK社長が本心から望んでいることではないと分かった。K社長はG社を経営していく上で壁にぶつかり、経営者として何から手をつければ良いのか、判断のできない状態に陥っていた。そんな苦悩の末に、転職という“逃げ道”に入ろうとしていたのだった。

地域拡大戦略の落とし穴
物流会社の事業拡大戦略は大きく以下の3つに分けられる。

①輸送、保管などから流通加工、センター業務などまで「業務」の範囲を拡げる戦略
②取扱い品目を広げ、「業種」の範囲を拡げる戦略
③従来の業務、得意な業種を活かして「地域」の拡大を図る戦略

このうち最も利益率を向上させやすいのは①の「業務」の拡大である。逆に②の「異業種」への拡大は一番成功させるのが難しい。
商取引の習慣や、メーカー・卸・小売りの三層のうち、どの層が物流の主導権を握っているかといった流通構造は、業種によって大きな違いがある。加えて業種が変わると、車両の仕様や倉庫の種類、人員の負荷などが変ってくるため、効率化も図りにくいのである。
大半の物流企業は、③の「地域」の拡大という戦略を採る。この地域拡大戦略は、さらに以下の4つのタイプに分けられる。

①大手路線会社に見られる全国カバー型
②地元近隣の数県をカバーする広域地場型
③地元のほかは東京、大阪、名古屋などの大都市だけをカバーするピンポイント型
④首都圏に特化して輸配送密度を高めるドミナント型

このうち①の全国カバー型の物流会社は周知のとおり日本郵政公社も加わり、戦国時代に入っている。
②の広域地場物流会社は大きな成長も無いが、少々のダメージが発生しても崩れない、腰の強い会社が多い。
③の大都市対応型は現状では苦戦を強いられている。現在、最も成長が目立つのは④のドミナント型だ。エスビーエスなどがこれに当たる。
G社の場合、一見すると③の大都市対応を目指しているようだが、その中身が伴っていなかった。G社のように既存エリア、既存荷主で売上げ・利益が作れなくなったことから、地域拡大戦略に逃げようとする物流会社は少なくない。しかし、既存荷主の物流エリア拡大や移転とともに地域を拡大する場合を例外として、その多くは上手くいかない。G社もその一つだった。
G社は名古屋で直荷主を200社も抱えているにも関わらず、1億5000万円の売上げしか獲得できていなかった。要は営業努力が不足していたのである。ところが営業力不足を、地域の拡大という戦略にすり替えてしまったことで、問題の本質を見失っていた。こうなると悪循環が起こりやすい。
今も昔も物流業における輸配送業務の利益化の基本は変わらない。点から線、線から面へ、輸送網の密度を高めることである。これに反して、既存エリアの深耕・強化なしに、やみくもに地域拡大を行えば、効率性は著しく低下する。つまり利益が出なくなってしまう。G社は悪循環に陥る寸前の状態にあった。

物流会社を見る3つのポイント
G社の方向性を見極めるために名古屋本社に向かった。名古屋市内から10kmほど離れた郊外にその本社はあった。
到着したのは午前9時ちょうど。駐車場には軽トラックが4台停まっていた。荷物があれば出発しているはずの時間である。
以前にも紹介したことがあるが、我々は仕事柄、会社の良し悪しを瞬時に判断しなければならない。そこで基準としている項目は以下の三点である。

①あいさつ
従業員の方々が「あいさつ」をしっかりできるかどうか。最近は物流分野でも現場のマナーが重視されるようになったことで、よほどひどい会社でない限り、動作としての「あいさつ」は実施されるようにはなっている。しかし気持ちの入っていない、仕方なしのあいさつが依然として多いのは残念なことである。
②整理整頓
建物自体が新しいか古いかは関係ない。老朽化した建物であっても、整理と整頓が出来ている会社は良い会社である。特にトイレのきれいな会社は、ほとんどが優秀な会社である。
トイレは人が最も清掃を嫌がる場所だけに、従業員の姿勢や清掃会社の管理の質が現れやすいのである。「整理整頓」という言葉が形骸化してしまっている会社は少なくない。整理整頓を徹底するには、それが具体的に何をすることなのか、落とし込む必要がある。ちなみに「整理」とは要らないモノを捨てること。「整頓」はよく使うモノを使いやすいように整えておくことである。そこまで噛み砕いて説明しないと現場には伝わらない。
③電話応対
基本は「スリーコール」だ。コール3回以内に電話を取る。そして伝言内容を復唱し、自らの名前を最後に添える。「私○○が承りました」と言った具合だ。さらに、その伝言内容が30分以内に本人に伝わるようにする。そのためのルールおよびシクミを作っておかなければ、これは実行できない。
電話の切り方にもマナーがある。相手が電話を切ってからこちらが切るのが基本だ。それができない場合でも、相手に「ガチャ」と聞こえないように、そっと電話を切る。例えば、電話機のフックを手で押さえれば「ガチャ」という音は鳴らない。

以上、あいさつ、整理整頓、電話対応の3点をチェックすることで、その会社の良し悪しは90%以上分かる。細かいことを言っているように聞こえるかも知れない。しかし、物流業は無形の商品を提供している「サービス業」だ。サービス業とはこのような対応力や教育の成果、従業員の姿勢までが商品となり顧客に伝わり、評価されるのである。

経営ビジョンと現実のギャップ
G社の社内に足を踏み入れ、女性従業員の対応やドライバー控え室、事務所、応接室、電話でのやり取りなど、先述の三項目を五感でチェックしていった。G社のスタッフには、我々が何者であるかは知らされていない。このことは重要だ。
事前に顧客や我々のような人間が会社を訪問することが分かれば前日、現場は大掃除のような状態となって、その場を取り繕ってしまう。それでは本当の姿は分からない。
名古屋本社は事務所が狭いことを考慮しても書類が散乱していた。またドライバー控え室の乗務員も携帯メールを打っている者がいたり、おしゃべりをしている者たちがいた。しかし女性従業員の対応は素晴らしかった。後で分かったことであるが、彼女は本社の番頭的な存在でもあった。
K社長とY専務とのミーティングが始まった。初対面となるY専務には、我々はG社を良くするための仕事を行っていること、また互いに協力していきたいこと、そしてK社長やY専務のサポート役であることを伝え、警戒感をほぐしていった。1時間半ほどのミーティングで様々な課題、問題点が浮かびあがってきた。

①ここ2カ月、車両の空きが発生するようになってきた(荷物不足)
②直荷主200社に対する営業活動は特に行っていない。
③最近、乗務員の出入り(入退社)が増えてきた。
④乗務員に対する教育・指導は本人たちの自主性に任せ、あまり口を出さないようにしている(Y専務)
⑤売上がここ3年間、横ばいである。

K社長が豪語する通り、Y専務は優秀な人材であった。しかし、Y専務は名古屋本社のメンバー26人にとって、オレたちの話を聞いてくれる仲良しクラブの親分的存在であった。
Y専務自身、一歩踏み込んだテコ入れまでは自分の役割ではないと考えていた。このままでは衰退もあり得る。現状維持ですら危ういと私は感じた。首都圏進出の夢に向かって走り回っているK社長と、本社の実状とのギャップはあまりにも大きかった。
それから5日後、今度はK社長と二人だけで話し合いの場を持った。改めて東京営業所の実績や現状を確認した。東京営業所で所有している車両はゼロ。受託した仕事は全て地場の会社に再委託していた。
売上げは月商120万円、利益はほとんど出ていない。元々、身の丈に余る首都圏進出であった。
経営者というのは時々、現実と夢の時間差が見えなくなる人種である。K社長もそうであった。幸い活動の拠点としていた品川の事務所は、ある会社の事務所の間借で身軽であった。東京よりも今は本社を立て直さなければならない。
私はK社長に「東京から撤退しましょう。本社をもっと強い組織にして3年後、改めて東京に進出しましょう」と提案した。K社長はしばらく考えていたが「やはりそうですか。それでも今度、首都圏進出の時には手伝ってもらえますか」と返してきた。

既存荷主を深耕する
約1カ月後。K社長は東京営業所撤退の後片付けを済ませ、再び名古屋に住まいを移した。本社立て直しは先述の5つの課題のうち、まずは「②直荷主200社に対する営業活動は特に行っていない」点、
そして「④乗務員に対する教育・指導は本人たちの自主性に任せ、あまり口を出さないようにしている」点に注力する事にした。
繰り返しになるがG社は請求書の発行先、つまり荷主が200社あり、しかも大半が直荷主であった。
他の物流会社からの傭車業務は皆無であった。これだけの直荷主があれば、本来なら年商が6億円以上あってもおかしくはない。それが年商1億5000万円に止まっていたということは、各荷主からスポット輸送ぐらいしか受託できていないことを意味している。この場合には当然、新規開拓より既存荷主の深耕戦略を採るべきだ。
会社案内を50万円かけて刷新し、K社長とY専務両名で新しい会社案内を持って荷主を訪問した。
2カ月で約100社を回った。訪問した荷主には「G社さんは軽車両以外の仕事もしているんですね」
とか「もうお付き合いして4年ぐらいですが、初めてK社長とお会いしますね」などといった反応が返ってきた。
いかに荷主、お客様を放っておいたかが分かる。「自社を知る」とともに「顧客を知る」ことが、やはり重要であることを思い知らされる。
提案営業もスタートさせた。訪問した荷主には「名古屋から岐阜までの運賃を出して欲しい」といった見積書を具体的に求める荷主もいたが、「何か提案して欲しい」といった依頼も多かった。我々が提案書のフォーマットをつくり、その中にG社ができることを書いてもらう。
そして再度、我々がビジュアルと体裁を整えて完成させた。物流レベルの高い荷主のところへは我々も同行した。そうでない場合は完成した提案書を事前に読み合わすなどの準備を行ってK社長かY専務が訪問するようにした。
これらの動きで改めて痛感したことは、「既存荷主」という足元の顧客を大切にすることの大事さ、そしてやはりトップ自らの営業は商談になりやすいということであった。
一方、従業員教育は「従業員の声に耳を傾ける」「コミュニケーション作り」に主眼を置いた。週1回、終礼を行うことにした。配送時間の関係で参加できない従業員もいたが、その従業員に対しても個別に接する機会を設けた。
K社長の考え方や動きにも変化が見え始めた。一頃の迷いが解け、「毎日が充実している」と口にするようになってきた。
東京での活動の際は何から手をつけてよいかもわからず「同業者との雑談が仕事になっていましたよ」とK社長。新しい目標を見つけて活き活きとしてきた。
こうしてK社長が本社に戻り、6カ月が経った。売上げは昨年同月比で137%アップした。東京営業所の撤退による売り上げ減少を吸収してお釣りがくる数字だ。途中、K社長の方針についていけない2人の乗務員が退職した。しかし新たに補充した乗務員には若さと前向きな姿勢があった。まだ、ぎこちなさはとれないものの、「あいさつ」ができるようになってきたことは、我々にとってとくに嬉しい変化であった。
乗務員からは「今までも楽しかったですけど、今は社長が観てくれているので励みになります」という意見も聞かれた。
G社が真に強い会社になるまでには、まだまだ多くの課題が残されている。しかし当面の死活問題であった「本社」のリスタートは、こうして成功したのであった。