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第35回 事例で学ぶ物流改善:『地場運送会社S社の事業継承』

年商4億円の運送会社を家業として親から継承したN専務。生き残りのために事業領域を流通倉庫に拡大し、年商10億円を目指して舵を切ろうと考えた。しかし実父の創業社長と、取り巻きの古参社員は、昔ながらのやり方を変えようとしない。突破口が必要だった。
 

久しぶりの手強い相手
S社は関東圏を地盤にする保有車両台数35台、年商4億円のトラック運送会社だ。S社のN専務は創業者M社長の実子に当たる。
3年前まで大手食品メーカーの営業管理職を務めていたが、自ら志願するかたちで父親からS社の経営を引き継ぐことになった。
N専務が家業のS社に入って以来、経営のバトンタッチは順調に進んだ。今ではM社長は週に1〜2度、事務所に様子を見にくるくらいで、銀行関連業務なども含め経営全般をN専務が仕切るようになった。これに伴いN専務は、中長期的な経営戦略について、とりわけ中小の物流会社が今後どのようにして生き残って行けばよいのかを真剣に考えるようになった。
父のM社長に相談しても、一昔前の古き良き時代の運送会社経営を語るばかりで、打開策が見当たらない。そんなことから我々日本ロジファクトリー(NLF)にお声がかかったわけである。
我々がS社に初めての訪問した日のこと。ここも関東圏に含まれるのかと思えるほど多くの電車を乗り継ぎ、ようやく最寄駅にたどり着いたのが約束時間の10分前。急いでタクシーをひろった。大手メーカーの工場が立ち並ぶ工業団地を抜け、目的地近くまで来ているはずなのに、S社が見当たらない。仕方なく電話で場所を確認すると、既に通り過ぎていることが分かった。
S社の事務所は2棟のプレハブ小屋だった。看板は自家製で、しかも極端に小さかった。タクシードライバーも我々も、それを見落してしまったのであった。休日ということもあってか、我々はドライバー控え室に通された。机の上には缶コーヒーが用意されていた。私の脳裏に久しぶりに手ごわい相手と対戦することになりそうだという予感が走った。
 

創業社長 VS 二代目
N専務から話を聞いているうちに、いくつもの課題、問題点が浮かび上がってきた。しかもそれぞれの問題点は複雑にからみあっていた。
S社にはN専務のほか幹部といえる人材が育っていなかった。人の出入りも多いとのことであった。M社長のワンマンぶりが1つの原因になっていることがうかがえた。M社長は出勤こそあまりしなくなったものの、今でもしばしば経営に口を挟み、N専務とよく衝突しているようだった。
実は後継者へのバトンタッチもこれが初めてではないという。5年ほど前にN専務の実弟がS社に入社していた。M社長も了承の上で、実弟への事業継承を試みたものの途中で頓挫してしまった。年の若い実弟の指図に、古参社員やベテランドライバーはなかなか耳を貸さない。M社長のワンマンぶりも負担になった。結局、実弟は家業を離れ、今は外食業界に就いているという。
M社長のような中小企業の創業社長がワンマンであるのは、決して珍しくはない。私自身これまで物流業界の多くのワンマン社長と出会い、また鍛えられてきた。そのため我々にはワンマン社長に対する抵抗感といったものはなかった。しかしN専務には目の上のタンコブになっていることが察せられた。初回のN専務との話し合いの際にも、M社長は同席こそしないものの、事務所を出たり入ったりを繰り返し、事あるごとに自論をぶちまけていた。しかも他人の話には耳を貸さない。そのため、しばしばN専務と親子喧嘩の口論にさえなっていた。
それでも我々の目に、N専務はM社長をうまくコントロールしているように映った。こうして1時間半ほど話し合った。その結果、
① 給与計算から営業、行政への申請など、多くの業務がN専務に集中していること。
② M社長時代の古参組が仕事の方法を変えずに昔のやり方を通すため、新体制に弊害が生じていること。しかしS社には他にこれといった
③ 人材が育っておらず、誰ひとりとして一人前の仕事をこなせる事務職がいないこと、
などの課題が明らかになった。それと同時に、従来の運送中心の事業領域を拡大し、来年早々にも近隣に新倉庫を建設するという積極的な計画と、当面の目標とする年商10億円の実現に向けて経営の舵を切ろうとする、N専務の前向きな姿勢も分かってきた。
それを実現するためには、我々NLFは物流コンサルタントという立場を超えて、経営自体をサポートする必要があった。
S社に限らず、中小規模の物流企業を対象とした物流コンサルティングは、単なる現場改善では済まないケースが多い。
現場の課題をひも解いていくと、それが管理者教育、二代目育成、資金繰り改善などの様々なテーマに波及していき、結果として経営全般にメスを入れることになるのである。
 

埋もれた人材を探し出す
話をS社に戻そう。S社の改善ポイントは、評価制度、給与体系の整備、職務基準書の作成、権限の委譲、「報・連・相」のシクミづくり、会議体の見直し、目標設定など、多岐に渡っていた。しかも、こうしたテーマは、いずれも社員の働きぶりに直結する。改善の優先順位を間違うと死活問題にもなり兼ねない。
そこでドライバーを除く主要幹部とパート・アルバイトを対象にしたアンケート形式による従業員意識調査を行うことにした。さらにアンケート結果に基づいて個別ヒアリングを行うことで、回答用紙の奥に隠れている社員の本音を引き出すことに努めた。
一連の調査によってM社長やN専務の話からだけでは、問題の半分しか見えていなかったことがわかってきた。S社には人材が全くいないわけではなかったのだ。例えば入社4年になるパートのHさんは、前職では大手メーカーの技術部に勤務していた。事務全般に対応できるうえ、S社入社後のモチベーションも高かった。
しかもHさんは会社が良くなっていくことを強く望んでいた。後に彼女は正社員に登用され、N専務を支える管理職として活躍することになった。またY氏は過去に専務職に就いていた。
しかし、物事をはっきり言い過ぎる性格が災いし、ドライバーとトラブルを起こしたことがあった。
その責を問われ、M社長によって専務職から降格させたのであった。しかし我々がヒアリングしたところ、Y氏は経営の実態に対する問題意識が高く、自分の意見をしっかりと持っていた。
多少癖のある人材ではあるが、適所を与えれば戦力になる可能性があった。逆にN専務の同級生であり、N専務の右腕になることを期待されて入社したK部長は、やや線が細かった。これといったスキルも持っていなかった。
与えられた部長職という肩書きだけが踊っている状態だった。またK部長は物流業の将来に対して強い不安を抱いていた。一般社員と管理職の違いとは何か。
端的に言えば「作業(work)」と「業務(task)」の違いである。ところが、とりわけ中小企業では、その人の年齢や勤務年数、体裁だけで役職を与えてしまい、肩書きが仕事内容やスキルと乖離(かいり)してしまっている場合が少なくない。S社もそうであった。

二代目を営業に集中させる
アンケートと個別ヒアリングの結果を踏まえ、N専務と何から手をつけていくかをまとめることにした。我々の話し合いが心配なのか、M社長はN専務との打ち合わせの途中にも、栄養ドリンクを持ってきたり、お茶を持ってきたりと、しきりに様子をうかがっていた。しかし、N専務はそんなM社長には目もくれず、改善の実施項目と優先順位を以下のようにまとめた。
1. 専務業務分担表の作成
何を→専務の仕事をほかの人材に振る
誰に→Hさんに給与計算などをサポートしてもらう
2. 業務分担表の作成
(①組織→②業務内容→③担当者)
3. 管理研修の実施(意識改革)
内容→①マネジメント、②マーケティング
4. 配車担当の集約化
(例 メイン:Y氏、サブ:F氏)
5. 営業担当者の設置
(当面、専務が兼任)
6. 職務基準書の作成と評価制度の見直し
7. 経営幹部の採用

「1. 専務業務分担表の作成」は、N専務に集中している仕事を他の事務職に分散させるのが狙いだ。実は以前にもN専務は他の事務職に仕事を振ってみたことがあった。しかし全てが中途半端になり、振った仕事を改めて自分でやり直さざるを得なくなるという苦い経験があった。
そこで今回は、適材適所と同時に、各事務職にそれぞれの仕事の目的と最終到達形を最初にきちんと伝えることに努めた。

「2. 業務分担表の作成」は、S社の本来あるべき姿に基づいた業務分担の実現が目的だ。中小企業の大半がそうであるように、それまでS社では仕事を人を割り当てるのではなく、“人に仕事が就く”状態だった。それでは現状は打破できない。そこで、実際には妥協せざるを得ない部分があることも考慮に入れながらも、最初に業務全体のあるべき姿を作成し、各人の能力やキャパシティに配慮して、それぞれを組織図に当てはめていった。

「3. 管理研修の実施」は、能力検査という意味合いと同時に、意識改革を狙った。① マネジメントの講義では仕事の心構えとして、前述の一般社員と管理職の違いを説明し、改めて管理職とは何かを伝え、今の仕事ぶりでは会社が成長しないことをスタッフに訴えた。
また②マーケティングでは、難しい内容はできるだけ排除し、S社が物流企業として生き残るための方向性と、他社の事例などを解説した。S社は配送と利用運送中心の事業を改め、新しく倉庫を建設することで、保管・流通加工に業務内容を拡大する途上にあった。その方向性が間違っていないことをS社の管理職たちは確信できたようだった。また、この研修と並行して、N専務は3年後の売上目標10億円とその内訳などの経営ビジョンを社員たちに説明した。

「4. 配車担当の集約化」では事務職の役割分担や責任の所在の明確化を行った。それまでは事務職が全員配車に携わっていた。その理由をN専務に聞くと、仕事が無く、人が余っていた時期に仕方なく配車をやらせたのを、そのままズルズルと引きずってしまっていたという。

「5. 営業担当者の設置」は「1. 専務業務分担表の作成」と連動している。N専務の抱えている業務を分散すると同時に、N専務には最も本人の力を発揮できる、また実績も残している営業活動に集中してもらう体制を敷いたのだ。
年商一〇円億までの規模であれば、優秀な営業マンであれば一名でも事は足りる。先代社長と古参社員の引退

「6. 職務基準書の作成と評価制度の見直し」と「7.  経営幹部の採用」については現在、取り組みの途上にある。また今回の改善に合わせて、M社長への忠誠心が強かった古参メンバーには、M社長との同時引退を打診した。古参メンバーたちは「社長が引退するならオレらも仕方がない」という返事であった。

このように、絡まった糸を1本1本ほどきながら、何が先決事項か、何が重要なのかを常に問いかけ、N専務と話し合いながら年商10億円に向けた経営改革が始まった。
ある日の帰り、M社長に最寄駅まで車で送ってもらった。車中で私は「社長は幸せ者ですね。あんなに立派な専務が、しかも自分から志願して後を継いでくれたんですから」と感想を述べた。M社長はまんざらでもなさそうな表情で、「実は青木さんたちが来てから、我が社はどうなってしまうのかと心配でしたよ」と打ち明けた。M社長は我々を少々買いかぶっている。
我々NLFは、自らビジョンを掲げたN専務の背中を押しているだけに過ぎない。そう伝えた。
実際、N専務のように志の高い後継者がいる会社は非常に少ない。親の背中を見て育ち、同じ道を歩もうとする子もいれば、それを避けようとする子もいる。
あるいは継ぐ意志があっても経営者に向かない子がいるのもまた皮肉な事実なのである。