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事例で学ぶ物流改善:『中堅印刷会社P社の商物分離』

荷主は営業マンを物流業務から解放する「商物分離」を計画した。
アウトソーシング先となる物流企業には、単純な物流業務にとどまらない
フィールドサービス機能が要求された。従来の物流アウトソーシングの常識を
打ち破る必要があった。

納品はスーツ姿で
印刷会社P 社は関東圏に本社を置く、年商約50億円の中堅企業だ。
全国の消費地に営業拠点を展開し、大手スーパーや結婚式場に印刷物を納品している。
これまでP 社は営業マン自身が乗用車やバンを使用して顧客に直接納品する
〝商物一体〞を続けてきた。
そんなP 社の営業部長Y 氏とお会いすることになった。
「このところ当社の営業マン1人当りの売上高が徐々に減少する傾向にある。
新規開拓件数も伸び悩んでいる。
現状では当社の営業マンの仕事が、物流が〝主〞で、営業が〝従〞になってしまっている。
何とか物流と商流と切り離し、営業マンを本来の営業活動に特化させたい」
という相談だった。
P 社の営業マンの仕事とは、具体的には受注した商品のピッキングに始まり、
出荷から配送、納品、注文書の回収、そしてその注文書を本社・工場にファクスし、
仮刷りされた印刷物のゲラを得意先にチェックしてもらうという内容であった。
商品を納品するだけの一般的な物流業務と比較すると、以下のような特徴があった。

1 営業サポート機能をメーンとしたフィールドサービスである。
2 縁起物をホテルに納品するなどのケースが多いため、トラックを使用できない。
3 現場用のユニホームは禁止、スーツを着用する必要がある。
4 ドライバーはP 社の名刺を持ち、納品に行く。

この業務をアウトソーシングしようとしても、一般の物流会社では恐らく対応できないだろう。
我々、日本ロジファクトリー(N L F )はまず物流会社の選定に時間をかけた。
当面は北関東エリアで商物分離を試験的に実施したいというP 社の意向を受け、
候補となる物流会社数社をピックアップし、各社のトップに直接事情を説明した。
うち一社が手を挙げてくれた。
この物流会社B 社は、過去に私がコンサルティングに入った経験もあり、
ドライバーのレベルの高いことは承知していた。
実際、B 社は日々のドライバー教育に熱心で、
大手電機メーカー向けの仕事などの実績もあった。
B 社のM 社長に改めてP 社が必要としているサービスの内容を詳しく説明した。
M 社長は
「おもしろいですね。ほかの物流会社では対応できないでしょう。これからの物流会社は
このようなフィールドサービスまで対応できることも生き残りの条件の一つでしょう」
と、心強い返事であった。
後日、M 社長を印刷会社P 社のY 部長に紹介した。
Y 部長はM 社長の話に大きな関心を示したようだった。
M 社長が次回までに提案書と見積書を提示することを約束し、
その日の引き合わせは順調に終わった。
リスクヘッジのためにY 部長は、当社の紹介したB 社のほかにも、
候補となる物流会社数社に自分で声をかけ、コンペを実施する意向を持っていた。
その後の打ち合わせで、我々N L Fはこのコンペに参加するB 社の提案を
サポートする形を取ることになった。
提案書の作成をNL F 、見積書はB 社という分担でコンペに臨むことにしたのだ。

2006年1月■印刷会社P社の商物分離●図①

個人情報保護法への対策
今回の商物分離にあたって、Y 部長は
「このプロジェクトはコストよりも、むしろ個人情報の管理が重要だ」
とも口にしていた。
P 社に限らず2005年4月に
「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」が施行されて以来、
荷主企業は物流業務における個人情報の扱いにもルールを設定し、
協力物流企業にその遵守を厳しく要求するようになっている。
Y 社長と議論した末、今回のコンペを良い機会としてB 社は日本情報処理開発協会の認証する
「プライバシーマーク」を取得することにした。
それに加え、現場運用面では以下の4点をアピールポイントとして提案書を作成した。

1 車両施錠の徹底
2 従業員の機密保持誓約書記入の徹底
3 使用書類(ピッキングリスト等)の回収
4 盗難防止装置の設置
P 社は物流のアウトソーシングと並行して営業マンのレベルアップにも注力した。
営業マンの一部を解雇して少数精鋭化し、残るメンバーの活動強化を図った。
新規営業開拓リストの作成や、物流業務から解放された後に営業マンが
注力すべき付加価値の高い業務の抽出など、営業マン一人当たりの売上高を
拡大するための様々な施策を進めていた。
この活動結果を受けて当初、物流会社にアウトソーシングする予定であった注文書の回収と
その後の営業サポート業務は、営業マンにとって最も重要な得意先とのコミュニケーションで
あるという判断から、アウトソーシング後もP社の営業マンが担当することになった。
我々N L F はB 社のM 社長と再度、打ち合わせの場を設けた。
今回のケースでは、B 社の既存の車両は使えない、ユニホームの着用も禁止と、
定番ともいえるツールや方法論が通用しない。
M 社長との前向きな意見交換を重ねながら、P 社にとってもB 社にとってもムダのない、
スムーズなアウトソーシングのスキームを詰めていった。
その結果、単に業務を請け負うだけでなく、P社の既存従業員とリース車両まで
B 社が受け入れることで、業務移管後の円滑な運営を担保するというスキームを提案することに
した。
これは食品メーカー、卸、建設資材メーカー、卸などの自家物流、
いわゆる白ナンバー業務を物流会社が受託する際によく用いられている方法である。

P 社は物流のアウトソーシングと並行して営業マンのレベルアップにも注力した。営業マンの一部を解雇して少数精鋭化し、残るメンバーの活動強化を図った。新規営業開拓リストの作成や、物流業務から解放された後に営業マンが注力すべき付加価値の高い業務の抽出など、営業マン一人当たりの売上高を拡大するための様々な施策を進めていた。この活動結果を受けて当初、物流会社にアウトソーシングする予定であった注文書の回収とその後の営業サポート業務は、営業マンにとって最も重要な得意先とのコミュニケーションであるという判断から、アウトソーシング後もP社の営業マンが担当することになった。我々N L F はB 社のM 社長と再度、打ち合わせの場を設けた。今回のケースでは、B 社の既存の車両は使えない、ユニホームの着用も禁止と、定番ともいえるツールや方法論が通用しない。M 社長との前向きな意見交換を重ねながら、P 社にとってもB 社にとってもムダのない、スムーズなアウトソーシングのスキームを詰めていった。その結果、単に業務を請け負うだけでなく、P社の既存従業員とリース車両までB 社が受け入れることで、業務移管後の円滑な運営を担保するというスキームを提案することにした。これは食品メーカー、卸、建設資材メーカー、卸などの自家物流、いわゆる白ナンバー業務を物流会社が受託する際によく用いられている方法である。既存スタッフの受け入れを提案
提案日当日−P 社のY 部長はB 社の提案内容を見て、
「業務のアウトソーシングしか考えていなかったがヒトと車も受けてもらえるのはありがたい。
一石二鳥だ」
と大いに喜んでくれた。個人情報管理の面でも
「盗難防止装置まで考えてくれているのは意外であった」と評価された。
結局この二点が決め手となって、コンペはB 社が勝利を収めた。
業者決定後、あわただしく移行がスタートした。まずはリース車両計14台の名義変更、
そして人員の転籍であった。
事前にP 社内で今回のアウトソーシングに伴う人員の転籍については説明会が実施されていた。
これを受ける形で我々N L F とB 社が、改めて転籍先となるB 社の会社概要と業務内容、
給与体系についての説明会を行い、詳細は個別面談で話し合う形をとった。
個別面談では、転籍に対する憤りをあらわにする者、不安を口にする者、
待遇への不満を訴える者と様々な反応があった。
それでも最終的に14人の対象者のうち9人が転籍に応じることになった。
仕事内容と勤務地が従来と変わらないこと。
そして待遇面でも転籍前と大きな開きがなかったことが、受け入れられた理由であった。
一方、最後まで転籍に応じなかった五人は、P社に対する思い入れや忠誠心が、
働くことの原動力となっていたという従業員のほか、
仕事内容は同じでも物流会社から給料をもらうことには抵抗があるという若い従業員もいた。
結局、5人の補充が必要になった。B 社本社から2人を回すことにして、
残り3人は新規募集で補うことにした。
新規採用には難儀した。
少なくとも物流現場スタッフの人材募集は、今や完全な売り手市場だ。
バブル時代以来の人手不足が既に現実のものになっている。
ところが若干の待遇面の改善と、業務内容を「配送」から「フィールドサービス」に変更したところ
応募が集まりだした。
我々とM 社長は今回の仕事が「フィールドサービス」と頭では分かっていながら、
実際の募集活動では従来通りの〝運送屋〞として動いてしまっていた。
M 社長と苦笑いする始末であった。
人材レベルの壁いよいよ本格稼働まで残り32カ月となった。
現場スタッフに印刷業界、婚礼業界の基礎知識を身につけさせなければならない。
P 社から講師役を出してもらい、3日間の講習および指導を受けた。
参考資料と簡単なマニュアルもP 社に用意してもらった。
しかし、修得は容易ではなかった。
例えば、50円、80円、90円の切手には、お祝い用の「寿切手」があるが、
定形外の120円切手にはない。
あるいは、席次表の印刷の注文が入ると客単価アップに大きく貢献することなど、
我々やB 社が知らなかった、この業界の常識や知識が次々に出てくる。
いくらB 社のドライバー教育がしっかりしているとはいえ、ハードルは高かった。
我々は確認作業と称して、2回のテストを行うことにした。
2回とも結果は散々だった。
合格点を80点に設定した試験をパスすることができたのは、
補充した5人のうち2人だけ。
もともとフィールドサービスは物流に隣接する業務だとはいっても、その壁は厚かった。
B 社のM 社長と再度、話し合いを行った。
今度は私が講師役となり個別Q &A 方式で研修を行うことにした。
各自一時間のQ &A を行い、改めて前回と同様のテストを行った。
これでなんとか全員が合格ラインをクリアできた。
これほどにホッとした瞬間はなかった。こうしていよいよ本格稼働となった。
初出荷の日、M 社長と私は現場を訪れ、最終的なチェックと確認を行った。
幸い初日は大きな問題もなく終えることができた。
しかし1週間後、想像もしていなかったクレームが入った。
「おたくの営業さんは口のきき方が悪い。担当者を変えて欲しい」
という内容であった。
P 社のY 部長と共に、私とM 社長そして担当者本人の4人で謝罪のため訪問し、
何とかその場を凌いだ。
このようなドタバタ劇もありながら、3カ月を過ぎた。
ようやく業務も安定し、営業活動に特化できるようになったことが功を奏したのか、
P 社の営業マンの一人当たり売上高は、わずかながらも増加に転じている。
この試験導入が上手く機能すれば、今後は他の地域でも同様の商物分離を実施する予定だ。
今回のプロジェクトを通じて我々は営業を支援する物流の重要性と、
その難しさを痛感することになった。
しかし同時に物流業の既成概念を払拭し、現場の人材レベルを向上させることができれば、
物流会社の受託するアウトソーシングの範囲はいくらでも拡大できることも確認できたのだった。