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事例で学ぶ物流改善:『外資系部品メーカーN社のリストラ』

売り上げの減少に苦しんでいた外資系部品メーカーN社が、人員削減と並行して
物流アウトソーシングに踏み切ることになった。
しかしプロジェクトチームを作ろうにも、絶対的に人手が足りない。
物流の専任担当者はいない。新たな増員もできない。難産は必至だった。

支払物流費の内訳が分からない
N社は年商約一二〇億円の外資系部品メーカーだ。
北関東に生産工場を持ち、工場に隣接する物流センターから全国に製品を出荷している。
このところ売上高は減少傾向にある。
最大の理由は製造コストである。
海外に工場を移したライバル企業が、N社よりも約25%も安い生産コストを武器に
シェアを高めていた。
N社はリストラを余儀なくされていた。約15%の人員削減と並行して、
物流業務のアウトソーシングが検討された。
一般に荷主が物流業務のアウトソーシングに踏み切る時の経営状況は、大きく以下の3つに分類される。
a 業務拡大、急成長のため、自社物流に限界が生じる
b 売り上げは横這い。しかし、荷主本来の「作る」「売る」仕事に傾注するために、
物流業務をプロに委託する
c 売り上げの減少に伴いリストラを実施、人手不足や管理者不在などで自社での

オペレーションが不能に
このうち最も厄介なのがcの売り上げ減少局面でのアウトソーシングだ。
リストラによって担当者が不在になり、引き継ぎができない。
物量の減少にどう対応してパフォーマンスを維持していくかなど、難しい問題にいくつも
直面することになる。N社の場合がまさにそうだった。
それでもN社の場合、減少傾向にあるとはいえ、まだ売上高で120億円という規模の
ベースカーゴがある。何とか対応できる物流企業もあるかもしれない。
そう考えて改革を支援することにした。
我々とのヒアリングや話し合いに応じてくれたN社のY氏は、営業企画本部長という
肩書きであった。それが物流責任者も兼務していた。
それだけでなく、Y氏は生産活動の管理に至るまで、ひとりで何役もの重責を担っていた。
外資系企業には少しでも業績が悪化すると、すぐに従業員のクビを切るところが少なくない。
そのために一部の優秀な人材に業務が集中し、兼務が重なり、マネジメントや
オペレーションが中途半端になっていく。
そして最後には機能しなくなる。
N社もそれに当てはまるのではないか。
そもそもN社ほどの売上規模で専任の物流責任者がいないというのは考えられない。
おそらく現場は回らなくなっているはずだ。
私はこれからのプロジェクトの先行きに不安を禁じ得なかった。
案の定、プロジェクト開始後すぐに大きな壁にぶちあたった。
支払物流費の内訳が分からないのである。
N社の製品は工場センターから出荷した後、納品代行会社の物流センターを経由して、
組み立て工場の製造ラインに納入される。
納品代行業者は得意先の指定業者だが、そこで発生する運賃はN社の負担だった。
その納品代行会社から毎月送られてくる請求明細の内容がチェックできないのだ。
納品代行業者への支払いは東京、名古屋、大阪にある三つの営業所の販管費に
それぞれ含まれていて、詳細な内訳は各営業所でなければ分からない。
しかし各営業所では請求書の詳細までチェックしているわけではない。
物流責任者を兼務するY氏には、毎月の支払い総額しか回ってこない。
つまりチェック機能が完全に欠如していたのである。

提案に外国人トップが難色
もちろんY氏も工場拠点から出荷する分の物流費とその内容は把握している。
しかし、営業所の販管費までは手が回っていなかった。
それでなくとも本来は営業責任者であるはずのY氏は、週の半分を工場と
物流センターを忙しく行き来しなければならない状況にあった。
行き過ぎたリストラによる組織の劣化であった。
営業部門の仕事は基本的に売り上げを作ることである。
その担当者に物流のコストや品質の管理まで委ねても機能はしない。
物流の実態を把握して、効率的な仕組みを作るには、日々そのことを考えて
施策を練り出す専任のスタッフが必要だ。
このような状況を踏まえて我々日本ロジファクトリー(NLF)は、N社に対して
以下の3ステップの改革手順を提案した。

①物流管理業務の抽出と専任スタッフの投入
②社内システムの活用による物流管理会計の策定
③①、②の本格稼動を確認した上での物流アウトソーシングの実施

Y氏はこの提案を受け入れた。
ところが、ほどなくY氏から我々に連絡が入り、H社の本国から派遣された
外国人トップが難色を示しているという。
専任スタッフの投入による増員と、改革に時間がかかることを懸念しているというのだ。
改めてH社を訪れ、Y氏と同席して外国人トップの説得に動いた。
そこで改善の猶予期間を12カ月に定め、専任スタッフの増員もしないという条件で、
何とかトップの承諾を取りつけたのだった。
それから約1カ月半にわたり、我々は連日のようにY氏との打ち合わせを繰り返し、
シナリオを練った。
今回のアウトソーシングのテーマの1つは〝コストの可視化〞であった。
オペレーションを外部に出すことで、営業所の販管費として処理している費用も含めて
物流コストを〝見える〞ようにする。
そして次のステップで、コストダウンに踏み切るという考えである。
そのためにはオペレーションをアウトソーシングするだけでなく、
請求書の発行情報や在庫情報などのシステム化が必要だ。そ
の開発も含めてパートナーにアウトソーシングしたいというのがY氏の考えだった。
システム開発の費用も請求料金に入れてもらえばよいという。
しかし、荷主側に物流管理そして物流システムを管理するスタッフがいない。
物流改革のシナリオも、戦略的というより〝その場凌ぎ〞的で後ろ向き。
そんなN社のパートナーを買って出る物流企業を探すのは困難を極めた。
結局、一社で全ての条件を満たすパートナーを探し出すのは無理だと判断し、
現場のオペレーションと情報システムに領域を分けて、機能別に二社のパートナーを
選定することにした。
現場オペレーションのパートナーには、カンバン納品などに実績のあるS社を、
もう一方はシステム系に強い3PLのK社を選んだ。
また、K社にはH社専属の物流管理責任者とサブリーダーの二人を現場に派遣して
もらうことにした。
これで「増員しない」という条件をクリアできる。
改革の着手から、ここに至るまでに既に6カ月が経過していた。
残りの猶予は後6カ月。
それでも、S社とK社によるコラボレーションが軌道に乗れば、専属スタッフによる
プロの提案が期待できる。
管理部門の分散化によって見えなかった物流費も見えてくる。
ところが、心配されたコラボレーションに問題が発生してしまった。
K社とS社の希望する業務がバッティングしてしまったのである。
K社は物流管理と情報システムの開発運用だけでは利益が出ないと試算し、
センター運営業務まで含めた受託を求めた。
しかしS社にとってもそれは同じことだった。
カンバン納品に実績があるというS社の輸送品質を捨てるわけにはいかない。
しかしS社からセンター運営業務を取り上げてしまえば、旨みがないという理由で撤
退される恐れがあった。
再び我々はN社のY氏と協議を重ねた。N社は現在リストラ中である。
現場のオペレーションもままならないのが実情だ。
そのような点を考慮し、アウトソーシングの範囲を当初の計画よりも広げるようにN社に
対して提案した。
この際、N社は「作る」ことと「売る」ことに集中すべきであるというのが我々の考えであった。

協力会社二社の棲み分けに苦慮
これを受けてN社は検証に入った。
そして①生産拠点を中国へシフトして製造コストを下げても本格的なシェア挽回には時間がかかる。
②それならば経営資源を集中し一点突破型の部分的な優位性であっても市場を抑えるべきである。
③そのために「作る」ことと「売る」こと、そして管理会計を中心としたシステム力に注力する、
という結論に至った。
これによってアウトソーシングの領域が拡大した。具体的には北関東工場の構内物流と
資材の入庫、そして製品の梱包と出荷業務までをアウトソーシングする。
同時に営業面でも、受注から出荷指示までのプロセス全体をアウトソーシングすることになった。
この決定を受けて我々は、当初の計画通り物流センターの運営業務はS社に任せることに
して、新たにアウトソーシングの対象になった領域をK社が対応できるかどうか打診した。
構内物流と梱包、出荷業務は他社でも対応している実績があるとして、
K社は快く引き受けた。しかし受注から出荷指示については実績がないという。
N社の女性社員5人で行っている業務だった。
それでも2日後、「引継ぎ期間を最低1カ月以上もらえば対応できる」と、
K社は受託の意向を示した。
ただし、それにはサポートも必要であった。
そこで我々がビデオと書面を使ったマニュアルを作成することにした。
こうして役割分担も決まり、新体制が動き出した。
受注入力から出荷指示、配車指示、在庫管理までをシステム化することになったK社は、
情報システムとオペレーションを連動させるために業務フローの改善を行った。
このシステム設計とトライ&エラーは猶予期間ぎりぎりまで続いた。
それでも現在は何とか本格稼働にこぎ着けている。
こうしてN社のリストラ型アウトソーシングは難産の末にスタートした。
しかし心配の種は尽きない。とりわけ前工程を担当するK社と、
後工程の現場実務を担当するS社とのコラボレーションの行方は気にかかる。
業務の棲み分けが可能になったことで、現状では良い関係を築けているが、
この先また何が起こるか予断は許されない。
こうした二社のコラボレーションも、結局は荷主であるN社の差配がカギを
握ることになるのである。