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第46回 事例で学ぶ物流改善:『地場運送会社T社の事業継承』

後継者不在から事業譲渡を希望する地場運送会社が増えている。
T社の場合は創業者の甥であるK氏に白羽の矢が立った。K氏は物流業については全くの素人だった。
それでも現場から修行を始め、経営者として成長していった。T社の行末は順風満帆に見えた。ところが…


叔父から経営を託される
T社は北信越地方にある年商5億円の物流会社である。創業50年と歴史は古い。
しかし本格的に物流事業を手がけるようになったのは、ここ15年ほどのこと。現在社長を務めるK氏が経営の実権を握ってからである。
K氏は関西の大学を卒業し、その後10年あまり会社勤めをしていた。T社の前社長で創業者のS氏はK氏の叔父に当たる。
そのS氏から、〝会社を見て欲しい〞と何度も依頼された、叔父の熱心な説得に折れるかたちでT社に転職することになったのであった。
当時、K氏は三二歳。物流業は全くの素人だった。ドライバーとしてハンドルを握るところからキャリアをスタートし、現場を一通り経験した上で、入社から三年後に副社長に就任した。これに合わせてS氏は事実上引退した。
またT社の株式の33.3%をK氏が持つことになった。他にS氏が33.3%。そしてS氏と共に会社を興し、すでに経営からは完全に手を引いていたM氏が残りの33.4を所有していた。そのため経営をK氏にバトンタッチして以降も、S氏とM氏の二人には役員報酬を支払う必要があった。それでもT社には他社にはマネのできない武器があった。
物流業を主業とするようになる以前に、T社は建設関連の仕事を手がけていた。その関係で重機やクレーンなどの超重量物の輸送を得意としていた。また単に運ぶだけでなく、現場で重機をオペレーションすることもできた。
T社の重機オペレーターの技術は荷主から高く評価され、この種の輸送では〝T社しかない〞と地元では圧倒的な支持を得ていた。特定の荷主に依存しない体質も築いていた。T社の月々の請求書発行先は約250社に上る。月商4000万円あまりの規模としては、驚異的とも言える数である。
1社当たりの売り上げは小額だが、ニッチに特化することで他社との差別化を図り、その市場で独占的シェアを握っていたということである。
こうした強みがあるため、T社は価格競争に陥らずに受注することができていた。実際、経常利益率はピーク時20%にも及んでいた。しかも、無借金経営。規模こそ大きくないが、立派な優良企業であった。それを引き継いだK社長もまた、常に笑顔を絶やさない朗らかな性格で、人当たりがいい。そのままならT社は順風満帆のはずであった。
ところが、4年ほど前から急に雲行きが怪しくなってきた。同じエリア内に、T社同様のサービスを行う大手物流会社と地場物流会社が現れたのだ。
すぐにT社の業績に陰りが見え始めた。ライバルに仕事が流れ、順調だった月間売り上げは前年割れに転じた。
それまでは通用していた見積金額に対して「オタクは他社に比べて高い」と言われ、従来の20%ダウンで受注しなければならない場面などが出てきた。それまでK氏は価格競争を経験せずに済んできた。
新たな現実に適応するまでには、時間がかかった。利益率の低下が3カ月続いた後で、ようやくK氏は
「今までの経営を断ち切り、新たな展開をつくる」と決心したのであった。

持ち株問題が思わぬ制約に
過去を断ち切った瞬間、T社の様々な問題点が見えてきた。その一つは幹部、管理職が育っていないということだ。
一つひとつの細かな業務についても、副社長であるK氏に判断を仰がないと、仕事が前に進まない。肩書きのある社員であっても自助自立できず、管理職として一人前になりきれていなかった。経費構造にも問題があった。
ドライバー兼重機のオペレーターである現業職には高い専門性が求められる。そのため世間一般のドライバーに比べて高めの給与水準であった。しかしK氏はこの給与については以前から注意を払っていた。
同業他社と比べてT社だけが飛び抜けた待遇をしているわけではなかった。問題は役員報酬であった。S社長は既に会社に出勤していない。
M氏は経営から完全に離れている。しかしこの両氏には年間数千万円の報酬が支払われていた。
当初は先代の貢献料と割り切っていたK氏も、経営をバトンタッチして既に15年だった今では高すぎる報酬と感じざるを得なかった。
K氏は両氏に苦しい台所事情を説明し、役員報酬の支払いを止めたい旨を伝えた。しかし両氏は「急に収入がなくなっては生活ができない」と難色を示した。結局、50%カットで折合いをつけた。
既に引退しているとはいえ、両氏の持ち株は合わせて66.7%に上る。無理強いはできなかった。
それまでK氏は持株比率に関心を持ったことなどなかった。
大企業ならともかく、地方の中小企業にとっては、さほど大きな意味を持つものではないと思い込んでいた。
しかし、実質的な経営者といえども、過半数の株式を所有しているオーナーが別にいる場合、思い通りの経営などできないと痛感せざるを得なかった。
実際、それまでも大株主であり、取締役でもある両氏には、現場から離れている状況であっても逐一相談する必要があった。
設備投資や営業所開設の提案に対して、これという納得のいく理由もなく却下されたこともあった。
これを機にK氏は、S氏とM氏から株式を買い戻そうと試みたが、完全に拒否された。しかし、その後も粘り強く株式譲渡の話し合いを重ね、昨年ようやくM氏が高齢を理由に株式を手離すこととなった。
これによってK氏の持ち株は66.7%に達した。これに伴い、叔父であるS氏は代表権のない会長に退き、K氏が代表取締役社長となった。こうしてようやくK氏は名実ともに経営権を手中に納めたのであった。

地元の同業者を買収
それから間もなく、K氏は本社近隣の同業者B社のB社長から相談を受けた。「ウチの会社を継いで欲しい」という。
年商規模は約3億円。地場の輸配送を主に手がけている。直近の決算は赤字だが十分改善できる範囲であった。
しかしB社長は既に高齢で、「当社には長年勤務している従業員もおり、会社は残したいのだが後継者がいない。是非、あなたに会社を継いでもらいたい」とのことであった。興味はあった。
B社がメーンとする輸配送業務は、新しい展開を図りたいK社長にとっては魅力的だった。しかし企業買収などは全く未知の世界のことだった。
そこで当社日本ロジファクトリー(NLF)がそのサポートに回ることになった。先方の事業内容や業績実態を話し合い、議論を重ねた。
荷主や同業者からB社およびB社長の評価をヒアリングしたところ、会社を手放す理由は純粋な後継者探しで間違いなさそうであった。それでも簿外債務などの有無や借り入れ状況の実態、取引銀行との関係など、財務状況を税理士と一緒にチェックしてもらうようにした。それと並行して、以下の点を確認するようK氏にアドバイスした。
まず①B社長には譲渡後も二年間は会社に残り、K氏の補佐役をしてもらうこと。
これは中小の物流業の場合にはトップのリーダーシップや面倒見の良さに魅かれて働いている社員が多いためだ。
そして②幹部、従業員との面談を行い、これからの会社経営や方向性を理解し共感できるかどうか、確認してもらうようにした。
こうして財務状況の透明性、そして幹部、従業員の意識を明らかにした。これにB社長の人物評価とK氏との相性などを加え、最終的に会社譲渡を受けることで決定した。ただし当面は会社を統合するのではなく、従来の組織を維持したままK氏が二つの会社を兼務する体制をとることにした。
現在、K氏は、午前中は新会社、午後からはT社と、会社を行き来しながら多忙な日々を送っている。
全体の従業員数が増えたこともあり、営業にも一層力を入れている。それまでは営業担当のスタッフに任せていたが、現在はK社長が自ら走り回り営業活動を展開している。そんなK氏に対して、我々NLFは以下の3つの切り口からサポートした。
①幹部教育・研修、②提案書作成サポート、③案件紹介である。

① 幹部教育・研修では、両社の管理職を土曜日に集め、月2回、管理職の役割と業務内容や課題・テーマを与えたロールプレイングによる演習などを行った。
演習のグループ決めでは、あえて両社のメンバーが混ざり合うように配慮した。両社の幹部同士のコミュニケーションに良い影響をもたらしている。

② 提案書作成サポートは、長期的には必ず必要になってくる機能だ。それまでT社は基本的に見積書だけで営業してきた。しかし競争激化によって、それでは受注が難しくなっている。提案力強化の効果は徐々に現れている。
先日、行政を荷主とした某案件でT社は見積書に改善提案を加えた資料を提出した。これによって行政の担当者から「他社ではこのような詳しいツールまで提出されませんでした」との評価を受け、少額ながら落札に成功した。
また鮮魚卸販売会社の箱詰め、出荷作業の業務を受託した。輸送には傭車を使い、元請けとして運行を管理する、T社にとっては新しいかたちの事業展開である。

③ 案件紹介は最も即効性のあるサポートとなった。ある特別積み合わせ運送会社をT社に紹介した。
その特積みは重量物運搬トレーラーや平ボディ車を持っていなかったため、T社は重宝がられ、下請けの傭車仕事ではあるが、今では月額300万円以上の取引にまで拡大した。
B社以外にも物流業界には後継者不在を理由に企業譲渡を希望している地場運送会社は多くある。そうした会社の譲渡を受け、問題なく経営している会社もまた珍しくない。
一般に地方企業は東京、大阪、名古屋などの大消費地に比べてビジネススピードは遅い。しかし、その地方が独自に醸造している無形財産のようなものがあると私は感じる。
それを次の世代にどう継承していくのか。物流業界の大きな課題の一つである。