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第57回 事例で学ぶ現場改善:『ワンマン運送会社A社の業務改善』

 

中堅運送会社A社の創業社長は、地元ではちょっとした名士として知られている。75歳と高齢ながら、いまだに現役バリバリで人一倍元気もいい。押しが強く、情に厚い、典型的な運送会社のワンマン社長だ。コンサルタントにとっては、かなり手強い相手である。


ガチャンと電話を切られた

ある物流専門紙から、運送会社A社の事務作業の改善をコンサルティングできないかという相談を受けた。同紙の記者が取材中に先方の社長から依頼を受け、私に白羽の矢が立ったわけである。
A社は大型トラックを中心に約230台の車両を保有する中堅運送会社だ。グループ年商は約30億円と、その地域としては一定の規模があるうえ、社歴も古い。
何より名物社長のT社長の存在で、県下の同業者には一目置かれる会社であった。T社長は大臣クラスの政治家でもこの地域を訪れれば必ず挨拶に訪れるという、いわゆる地元の名士である。早速、A社に連絡を入れてみた。
電話口に出た女性の対応はすばらしかった。電話をとるとすぐに「安全運転のA社です」との声。電話に出る人間には必ずそう言わせているようで、「安全運転」を社外にPRすると共に、社員にも自覚させる努力を行っていた。
T社長に電話がつながった。「日本ロジファクトリーの青木です。○×新聞のご紹介でご連絡させていただきました」。そう自己紹介したものの、反応が無い。記者からは先方にも連絡を入れてあると聞いていたのだが、どうも勝手が違う。
仕方なく、こちらが何者かを詳しく説明した。それでようやくT社長も理解したようで「はぁ、はぁ」と返事が返ってきた。ところがアポイントの日程調整を行おうとすると、「来る前日に電話をしてくれ」という。それではアポイントにならない。ある意味、この対応は断りの類である。紹介どころか飛び込み営業よりタチが悪い。本当に依頼を受けたのかさえ疑わしくなってくる。
それでも、私はこのタイプの経営者には慣れている。「それでは一応、○月×日の16時にお邪魔することにいたしますので、空けておいていただけますか。もちろん前日にもお電話いたします」と、動じないフリをして電話を切った。
訪問の前日、約束通り確認の電話を入れた。例の「安全運転のA社です」という電話応対のあと、T社長につながった。
こちらが用件を言うと「はいはい」の一言だけで、一方的に電話を切られてしまった。まったく愛想の無い対応である。
直接顔を会わせた時には、どのようにT社長と対決してやろうか。私は改善の仮説よりもむしろ、そんなことばかりをイメージしてA社を訪問したのであった。
A社の本社事務所は、よく掃除の行き届いた清潔で瀟洒な自社ビルであった。会社のゲートを時折、大型車が出入りしている。その一台一台のドライバーに対して、ゲートに立つ管理担当者が必ず一声掛けていた。挨拶の習慣がキッチリ現場にまで徹底されている。
先の電話対応者のトークもしかり。形骸化したマニュアル仕事ではない。芯の通った会社のようだ。

75歳のマシンガン・トーク
いよいよ戦いがはじまろうとしていた。自分の名前と、T社長に会いにきたことを受付で告げると、初老の男性が「いらっしゃい。あの部屋へどうぞ」と社長室らしき部屋に案内してくれた。
男性は、どこかのお屋敷の執事のような腰の低さであった。まさかと思ったが、その執事がT社長であった。
名刺交換を終え、「あと2人、担当者を呼んでくるので、もう少し待って下さい」とのこと。電話口の印象とはまるで違う。私は少なからず面食らった。
T社長が担当者2人を連れてきた。顧問と総務の若手スタッフであった。面子が揃って、ソファに座るなり、T社長が本性を現した。
開口一番、「ワシは最近、運転手付きの社用車をやめて、タクシーに乗るようになったんだが、あんたはそれをどう思う」と大声でいう。
久々の満塁ホームラン、いや頭面デッドボールを受けたかのような初打席であった。私も返答すべきなのだが、そのチャンスをなかなか与えてくれない。私が何か口にしようとする前に、T社長が社用車をやめた理由を自分でしゃべり出してしまう。
タクシーに乗るようになったことで運転手から様々な自分の知らない情報が入るようになり、喜んでいるという。
T社長は今年で75歳。引退してもおかしくない年だが、やたらと声が大きく、とにかく元気である。そして話し合いの間中、ずっと煙草を口にしている。T社長の足もとには大きなバケツが用意されている。それが彼のマイ灰皿であった。
私はT社長が次の煙草に火をつけるわずかな瞬間を見計らって、こちらの聞きたいこと、話すべきことをはさんでいった。
そうやって、戦いの開始から50分ほどを経過した頃に、ようやく本題に入ることができた、と思ったが甘かった。
T社長は私に心を許してくれたのか、あるいはさすがに疲れてきたのか、入れ歯を外して一息ついた。
ところが、それを合図に延長戦に入ってしまったようだ。再び話にエンジンがかかってしまった。
A社が新聞で紹介された記事を総務の若手スタッフに取りに行かせて、私に披露する。持ってきた記事は20年前のモノで既にかなり黄ばんでいたが、そんなことはお構いなしだ。
さらには政治家のなにがし幹事長や○×大臣から送られた手紙まで持ち出してくる。結局、本題に入れたのは、席についてから1時間をゆうに回った頃だった。とうとうT社長も力尽きたようだった。
事務所作業にどれだけのムダがあるのかを知るために、私は手短に、人員と残業時間、そして残業手当などを質問し、仮説を3つほど提示した。そしてコンサルティングに必要な期間と料金を告げた。
それに対してT社長は他の二人に意見を求めたが、2人とも「とくにありません」とのこと。
結局、即決でコンサルティングにGOサインが出た。話し合いも終わりの頃、私はT社長に「長年経営を続けてこられた先輩として、後輩経営者に一つ大切なことを教えるとすれば何でしょう」と尋ねた。
「それは、経営者は孤独や、ということやなあ」 と返ってきた。
その言葉がT社長と2人の社員たちとのやりとりに、あまりにぴったりだったため、私は思わず苦笑いしてしまった。
この初回訪問での商談時間は2時間30分を超えた。T社の玄関を出る頃には、辺りは日が沈み、既に薄暗くなっていた。私はホッと一息ついてタクシーに乗り込み、何とはなく後ろを振り返ると、75歳の老人がひとり私を見送ってくれていた。運送会社の創業者ならではのアクの強さと律義で情に厚い性格──私が15年前にこの業界に入った当時は、T社長のような経営者がたくさんいた。
しかし、その多くは二代目、三代目に代替わりし、最近ではこの業界にもスマートな経営者が増えている。久しぶりに個性の強いワンマン社長に出会った気がした。

過剰品質を改善
さて今回の業務改善で、調査期間として与えられた時間は2日間だ。初日に実態を調査し、それを元に仮説を立て、2日目は仮説の検証に充てなければならない。調査初日、総務の若手スタッフから業務の流れの説明を受けた。
私の方から「この伝票は次にどこに渡すのですか」「この書類は何のために必要なのですか」といった具合に、現場で疑問点を次々に質問していくスタイルをとった。
その最中、T社長がくわえタバコで我々の話に入ってきた。(あれあれ。安全運転さえできれば、くわえタバコはええんかい)と、私は心中、ツッコミを入れながらも、T社長の言動を見守った。
T社長が総務の若手スタッフに替わって、業務の流れを説明してくれる。ところが、全てそれは大昔のやり方であった。
現状とはかなり違っている。現場は戸惑い、静まりかえった。さすがにT社長も空気を察知したのか「あとは頼むぞ」と、説明を途中で切り上げ、所在なさげに社長室に戻っていった。
そんな、ちょっとしたイベントも交えながら実地調査を進めた。立ち話レベルで事務所内にいる7名の社員に「困っていることをひとつ教えて下さい」と聞いて回ったものの、回答に共通点や一貫性が全くない。
顧問も現場の細かな業務までは把握していない。いきおい、総務の若手スタッフからのヒアリングが中心となった。

ワンマン経営の功と罪
そこから、「①請求書発行のチェック業務」と、「②月次損益の確定業務」 に問題のあることが分かった。
① 請求書のチェックは、ダブルチェックまでが一般的である。それに対して、A社では2名の担当者がそれぞれ4回のチェックを行っていた。いわゆる「過剰品質」の状態であった。これを私は2回のチェックに減らし、その代り2名の社員で双方の請求書を“襷がけ”でチェックする方法に変更した。
② 月次損益の確定業務で問題になったのは、数字の確定までに25日間もかかっているという点である。
我々日本ロジファクトリーは、クライアント先の物流企業に対して、締め日から5日以内に、暫定版でもかまわないので月次損益をまとめるように指導している。そうしないと、月内に改善策を打てないからである。
A社では、それが25日間もかかってしまう理由は、本社とは別にある計3カ所の営業所の実績数値の入力が遅れてしまうためだった。そこで次の改善を行うことにした。

(1)各営業所の入力作業を月末まで溜め込まず、毎日実施する
(2)各営業所のドライバーの給与や傭車費、パート・アルバイトの人件費などは、事前に予測値を入力しておき、さらに締め日に概算値で修正することで、「暫定版」の月次損益を作成する
(3)下払い先に請求書の締め日および到着日を厳守してもらい、かつ郵送する前にFAXを必ず入れてもらうようにする

こうして2つの問題点は解決した。
しかしA社にとって最も大きな課題には、まだ手が付けられていない。それは業務にムダがあると感じていながらも、スタッフが自ら手を挙げて改善提案をする、あるいは上司に意見するという社風がないことだ。
それどころか早く仕事が終ってしまえばやることがなくなり、T社長にドヤされるという意識が強いように感じた。
全て自分で見なければ気がすまない。人に任せても、つい口を出してしまう。高いレベルの仕事を期待するあまり、権限委譲ができないという経営トップは珍しくない。優秀な経営者ほど、そうした傾向がある。
しかし、それによって社員たちには、自ら考える、1人ひとりが問題意識を持ち、具体的に行動するといった意識が働かなくなってしまう。
ワンマン経営には常に功と罪がつきまとうのである。