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第62回 事例で学ぶ物流改善:『小規模物流会社T社の事業継承』

シブヤ系の若き二代目が家業を継ぐことになった。地元の中小荷主や路線業の下請け仕事をメーンとする年商2億円の小規模物流企業だ。地元で一番の3PLに脱皮することを目指し、新たにセンター運営にも乗り出した。しかし、背伸びは禁物だ。まずは経営の足場を固め、一つひとつ階段を上っていく必要がある。

家業を継ぐか独立するか
久しぶりにS氏からメールが届いた。年商約2億円の物流会社T社の二代目だ。地方都市で輸配送、保管、梱包、そしてセンター運営業務を手がけている。
S氏との出会いは弊社日本ロジファクトリーの主催する「物流実務カレッジ」であった。S氏は同カレッジの物流コンサルタントコースの受講者であった。
当時のS氏は、渋谷の街にでもよく歩いていそうな今どきの髪型と服装の若者であった。初回の研修でその姿を見たとき、私は正直、彼がなぜ弊社の物流コンサルタントコースを受講したのか疑問に感じるほど、強い印象を受けた。
他の壮々たる実力と経験を持った参加メンバーのなかで、S氏はやや物怖じしているようにも見えた。
ところが第2回目の研修時に、「会社に帰って具体的にどのようなアクションを取ったか」という質問を受講者たちに投げかけたところ、S氏だけが具体的な行動をとり、しかも成果を出していた。私の研修では、参加者全員が見守る中で、一対一の質疑応答を行う。
その受け答えからも、S氏が見かけと違って経営全般に強い問題意識を持っていることははっきりと分かった。
そして、この研修コースで彼はメキメキとノウハウを身につけ、実践への手応えを感じることができたようであった。
そんなS氏から届いたメールには、研修が非常に実になり、今の仕事に大いに活かされているという嬉しい知らせと共に、新たにセンター運営の依頼を受けており、コンサルタントとして力を貸して欲しいということが書かれていた。
ローカル線の特急を乗り継いで、S氏のいるT社に向かった。約2年ぶりに会うS氏は見違えるように逞しくなっていた。結婚して一児のパパにもなっていた。あのシブヤ系の髪型はその片鱗を残しつつも無造作に乱れており、仕事に脇目も振らず邁進している様子が窺えた。
S氏から近況報告を兼ねた説明を受けた。それによると研修受講時のS氏は、実は親の会社を継ぐかどうかで迷っていたのだという。
ひとつは、T社が代々受け継いでいくほどの会社とは思えず、父親である社長にもその様子がなかったこと。またS氏には実兄がおりドライバーとしてT社に在籍していた。S氏自身で独立したいという気持ちもあった。
しかし、当時から既に結婚を約束している女性がいたため、経済的な面も無視はできない。どの道を選ぶべきか、相当迷った末での決断だったようだ。
そして、決断した後も、今度はT社の経営全般に様々な課題があることを日々思い知らされているのだという。
T社の業務内容としては研修後に、従来からの輸配送や保管・梱包業務に加え、ある物流会社の下請けで、初めてのセンター運営事業を開始していた。S氏はセンター運営の右も左も分からない中、研修テキストを片手に悪戦苦闘。1カ月近くの徹夜状態を経て、何とか現場を回るようにしたという。そして現在、T社には新たなセンター運営の話が舞い込んでいる。
しかし初回の案件でセンター立ち上げの怖さを痛いほど理解したS氏は、ひとりでは対応が困難だと判断し、私に声をかけてきたのである。また、この案件と並行してT社そのものの経営基盤を固めるための助言も欲しいとのことであった。

センター運営の依頼を辞退
今回、依頼を受けた荷主は日用雑貨を扱うP社で年商は約20億円、東南アジアに生産を委託した製品を国内の量販店に販売している。
過去にP社はセンター運営の外注化に失敗し、それ以降は自家物流を行っていたが、物量の拡大と社員の物流業務負担軽減から、改めて外注化の方針を打ち出した。
T社に声がかかったのは、先に運営を開始した第一号センターの荷主からの紹介だった。T社にセンター運営を任せる前提で話が始まり、S氏はP社のトップとの面談を重ね、信頼を築いていった。ところが見積書を提出する段階になって、過去にP社が外注化した時の費用より高いということから、話はいったん保留状態に置かれてしまった。
P社はT社以外の委託先候補を求め、センター運営の実績と知名度のある物流会社2社との話し合いを行い、それぞれに提案を求めるかたちで、T社を加えた3社による事実上の物流コンペを行った。これによってT社が受託できる可能性は遠のいてしまった。
ところが、しばらくしてP社の物流担当部長からS氏に連絡が入った。「御社に業務を任せたいので再度、来社して欲しい」という。訪問すると担当部長と社長が出てきた。他の2社は結局、P社の要望に対応できなかったという。つまりコンペから降りたのである。見積金額もT社より高かったようだ。
こうして一度は保留になったセンター運営の話が再度、T社に戻ってきた。ところが改めて聞いたP社の要望にS氏は驚かされた。
今から1カ月後の8月には業務を新センターに移管させたいという。過去に経験した外注化の失敗の轍は踏みたくないため、1年のうち最も物量が落ちる8月に移管を済ませたいとのことであった。あまりに急な話だった。
他の2社が降りたというのも頷ける。センターの移管業務は、どこまで事前情報を集められるか、準備をどこまで進めたかによって、大きな差が出る。とはいえ1カ月での移管は困難を極める。
我々は移管準備期間を短縮する方法を探るため様々な方面からP社の情報を集め、十分すぎるほどの話し合いを行った。
結論は辞退であった。新センターの物件確保、ラックなどの備品の調達、人材の募集など、準備には最低3カ月は必要だというのがS氏の最終的な判断だった。
それは第一号センターで苦労した教訓でもあったが、T社の事業規模を考えると準備不足による運営失敗がT社の経営そのものを揺るがしかねないインパクトを持ち、最悪の場合には倒産という事態まで覚悟しなければならないからでもあった。P社には、十分な準備期間を設けることがセンター移管の大前提であることを伝えた。
こうして結局、センター運営の委託先が見つからなかったP社は社員による自家物流を泣く泣く継続することになったのであった。
ここでのS氏の判断は正しかったと言えるだろう。失敗そのものは次に活かせる。リスクを避けてばかりいることが、常に正しいわけではない。
しかし、基礎体力を超えるほどの大きな損失は当然ながら経営を直撃する。そのリスクを、まだ30そこそこのS氏が冷静に評価できたことは賞賛に値する。この年齢ぐらいの経営者はどうしても背伸びをしがちだ。その結果、失敗するケースが世間では数多く見受けられるのである。

まずは地固めから
S氏はこの案件を振り返って「この周辺で一番の3PL企業に早くしたいという焦りがありました。もっとじっくり足元を固めながら、実績を作っていきます」と私に話した。そして経営基盤を強化することの重要性を改めて思い知らされた我々はすぐさまT社の改革にメスを入れたのだった。それは以下のような内容であった。

①S氏の社長就任
②有限会社から株式会社への変更
③長期借入金の借り換え
④損益管理の徹底
⑤輸送業務の可視化

S氏は二代目としてT社の陣頭指揮をとりながらも、正式には社長に就任していなかった。
父親のM社長(現・会長)は能力と適性からS氏が社長になることが望ましいと考えていながらも、先述の実兄の存在が決定を遅らせていた。
そこで将来の内輪揉めを避けるため、輸送部門を別会社化し、それを実兄に任せるという選択肢を持つことにして事業承継を実施した。
「②有限会社から株式会社への変更」についてはT社に限らず、特に大きな理由が無い限り、私は株式会社への変更を勧めるようにしている。
営業面における荷主からの印象、銀行や取引先からの信用、人材募集時のマイナスイメージ払拭などが理由である。
物流会社は元々、過小資本であることが多い。経営者の個人財産に余裕がある場合は増資すべきだ。会社から社長個人にいったん資金を貸し付けて増資する方法もある。個人、会社の双方に資金的な余裕がない場合でも、新会社法で株式会社の最低資本金枠が引き下げられているので、今やどんな会社でも株式法人化できる。
「③長期借入金の借り換え」も必須課題だった。S氏からT社の決算書を見せてもらった。経常利益は出ているものの現預金が少ない。当面の資金繰りはなんとか大丈夫な状況にはあったが、仮にP社のセンター運営が失敗したとなれば、先行投資の避けられなかったラック購入や人材確保の資金で確実にショートしていただろう。
借入金は10年返済で5000万円あった。売り上げ2億円に対して25%という割合は問題視するほどのレベルではない。相手も地銀だ。
しかし金利が4・5%と異常に高かった。M会長に理由を尋ねたが、明確な説明がない。借り入れ当時のT社は赤字状態で、後継者もはっきりしていなかったことから、リスクの大きな貸付先と評価されたのであろう。
そこで2日に1度は支店長がT社に顔を見せるという地元の信用金庫に借り換えを相談した。その結果、担保などを調整した末、1・9%という金利での借り換えに応じてくれることになった。大きな支払利息の削減となった。

車両別損益管理を導入
 「④損益管理の徹底」は、焦点を車両別損益に絞った。中小物流業のならいで先代が数字を見ていた時代の損益管理ははっきり言えば、どんぶり勘定であった。
そこでS氏に「車輌別損益管理フォーム」を提供し、その活用方法を伝えて、全車の損益を出してもらうことにした(下表)。

【車両別原価計算表】(算出例)

2008.03■別表●車両原価計算表(算出例)
結果は惨憺たるものであった。
5年ほど前にはリッタ170円前後だった軽油価格が今や110円台にまで高騰したことで、粗利のほとんどなくなってしまった車両、あるいは赤字になっている車両が少なくなかった。
さらに路線会社の傭車として利用されている3台に関しては、車両が償却済みであるにもかかわらず、若干の赤字が出ていた。
この車両別損益表をもとに荷主に対して運賃値上げを求めた結果、一部の荷主で10%の値上げに成功した。
路線会社の傭車は1台減車した。この路線会社からは従来から1台の減車依頼が来ていたのだが、先代の社長は「ウチを切るつもりか」とはねつけていた。
しかし先代も車両別損益表を見たことで態度を一転し、減車に応じる考えになった。
「⑤輸送業務の可視化」については、一部助成金制度も活用し、300万円強のリースを組んで、デジタコの導入を行った。
元々、T社では事務員を最小限に抑えていたため運行管理、車両管理が十分ではなかった。それに加え、改革の次のステップでドライバーの給与・手当ての見直しを行うためにも、輸送業務の実態を可視化することが不可欠であった。

こうしてT社の事業承継と地盤固めが進んでいる。幸い追い風も吹いている。このところ荷主企業の一部は安い賃料を求めて、関東であれば埼玉、千葉、神奈川といった地域に立地していたセンターをさらに地方へと移管する動きに出ている。T社の地盤とするエリアはちょうどその対象となっている。
S氏自身に関しても、持ち前のガッツと向上心、情報収集力、人の意見を吸収する素直さなど、私は手応えを感じている。
しかしながら地方の中小物流業の多くが廃業も視野に入れて承継問題を考えざるを得なくなっている時代である。
それに対してコンサルタントがどこまで価値を提供できるのか。我々もまた、その実力を問われていると自覚している。