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第64回 事例で学ぶ現場改善:『運送業創業社長T氏の苦悩』

白トラのドライバーから出発して年商5億円の運送会社を築いたT社長。創業から40年を経て今や世代交代の時期を迎えている。しかし、経営基盤は盤石とは言えない。そのまま二代目に継がせても、皆が不幸になることは目に見えている。残された時間は限られている。

創業者の4つの悩み
T社長のお手伝いをしてもう10数年になる。
T社長は26歳の時、脱サラで運送会社のS社を立ち上げた。社長自身がトラックのハンドルを握り、
白ナンバー(営業許可を持たない自家用トラック)1台からスタートした。
それから40年。現在は小口配送と保管を二本柱として、住設機器、日用雑貨品、書籍、紙関連などの荷主を中心に、年間約5億円の商売を手がけている。

高度成長期には、今では超優良企業となっている大手メーカーの物流を請け負ったことで順調に業容を拡大させた。
ところがその後、労働争議が勃発。その影響で有力荷主が次々に離反していった。再起をかけてT社長は再びドライバー兼トップセールスマンとして地元の会社に飛び込み営業をかけて回り、
何とか危機を凌いできたのであった。

幼少の頃に実母を亡くし、兄弟3人の長男として父親の男手一つで育てられたというT社長。自分が稼がないといけないという責任感とハングリー精神は相当なもので、逆境に負けないバイタリティーには頭が下がる。良くも悪くも商売っ気の強い人物である。

そんなT社長にとって、我々日本ロジファクトリーは、いわば“よろず屋”的な存在であった。会社案内やダイレクトメールの作成、新しいサービス商品の開発、人事考課制度の策定、表彰制度導入、社員研修、事務業務の効率化、資金繰り対策、荷主紹介、二代目教育等々。
並べてみればそれらしく聞こえるが、実際には“何かあればすぐに連絡が入る”というウエットなお付き合いであった。

我々は売り上げが何%上がったとか、利益がどれだけ出るようになったなど、具体的な数値に現れるようなサポートをしてきたわけではなかった。会社を伸ばす、強くするというより、むしろいかに会社をつぶさないようにするか、度重なる危機にどう対処するかを、その都度T社長と協議して手を打ってきたのであった。

危機に直面したT社長はいつも我々に相談する前から自分なりの答えを用意していた。我々との話し合いは、T社長が自分の考えを整理して頭の中をクリアにするためのものだった。答えに迷っていることも珍しくはなかったが、そのような場合は我々が背中をひと押しすることで、T社長は勇気を出して戦場に向かっていった。

T社長には独特の話法と慎重さがあり、必ず自分の思っていることと反対の表現を使うという癖があった。しかも会話に起承転結がなく、話題が知らぬ間に変わっていく。初めて接する人は、話の半分も理解できないだろう。そのためT社長の話法に慣れている我々がT社の中途社員や部外者との間に立って、通訳ならぬ代行説明を行うこともしばしばであった。

T社長には長年引きずっている4つの悩みがある。① 労使問題、② 営業活動の継続性③ 二代目への引継ぎ④ 借入依存体質である。
最近ではこれに健康問題が加わっている。以前はライバルや売り込みの営業マンに対しては、T社長一流のイヤミで相手を粉砕していたものだが、このところはイヤミにも切れ味がなくなってきた。

さて、4つの悩みのうち①労使問題については、前述の労働争議は我々がお手伝いに入る以前の段階で大きな節目を過ぎ、鎮火に向かっていた。
今もなお数名残っている外部組合員に対しては、さすがに腫れ物にさわるようなかたちで対応しているが、少人数となったことで会社全体に与える影響は以前に比べ著しく低下している。

それに比べて②営業活動の継続性は、いまだに大きな懸案となっている。現状は営業担当者不在と言うほかない状況にある。敢えていえばT社長自らがトップセールスマンとして活動しているのだが、60歳を越えた今さすがにかつてのパワーはない。

過去には我々のアドバイスを受けて、営業専任担当者を採用し、その育成を図りながら売り上げを作っていた時期もあった。
我々からの紹介営業や、地元の新聞に掲載された会社に一つひとつ連絡を入れるといった地道な営業活動を重ねることで、受注につながるケースが出てきたり、口コミで新規案件が入ってくるようにもなっていた。

ところが、その営業専任者が社内組織との軋轢、トラブルから退社してしまった。これがT社長のトラウマになり、“もう勘弁して欲しい”と、それ以降は営業専任者を採用すること自体を止めてしまったのだ。その代わりにT社長の長男である常務を営業に当たらせようともしたが全く機能しなかった。
我々がその必要性、重要性を伝えると常務も一時的には営業に出るのだが、現場が忙しくなると結局そちらに傾注してしまう。

2008.05■別表●物流業のマーケティング戦略

不採算荷主を切るのは良いが…
会社としての強みはあった。S社のドライバー、特に2tクラスの小口ルート配送のドライバーは着荷主からの評判が良く、また低運賃で常に荷主のわがままには対応するといった“融通の利く”物流会社であった。そのため一度取引が始まると荷主から切られることがほとんどなかった。

ところが、S社の業績は売上高5億円まで伸びて以降は頭打ちとなっている。収支は赤字決算が過去に2、3回あったが、毎年ほぼトントンの状態である。この10年は赤字荷主との取引を打ち切ることで、なんとか収益を維持してきたというのが実情だ。

残業が多くなったり、運賃が合わない場合にS社ではまず荷主別もしくはルート別の運送原価をはじき出す。その結果、赤字であれば積み合わせの検討やルート変更を行う。それでも利益が出ない場合には荷主に運賃の見直しを打診する。応じてくれない場合には丁重に業務を断るといった具合である。

つまり荷主から“離婚届”を出される会社が多いなか、S社ではこちらから“離婚届”を出していた。そのこと自体はむしろ褒められるべきことなのだが、次の仕事の手当てのつかないうちに離婚してしまうことが往々にしてあった。

そんなS社にとって、継続的な営業活動による新規案件の獲得は、“撤退”という選択をとるうえでの保険として不可欠であった。それが後手後手に回っている。赤字取引を止めてから数カ月経ってようやくその穴埋めができるという流れが、最近では常態化してしまっている。

③の二代目への引継ぎ。これも非常に頭の痛い問題である。周囲はT社長の常務である長男がいずれS社を継ぐものと考えているが、当事者たちは必ずしもそう考えてはいない。私からみて常務は、フォークリフトの運転スキルこそ高いものの、計算管理、リーダーシップ、行動力、コミュニケーションといった経営者に必要な能力を十分に満たしているとは言えない。

S社が平時ならともかく、特別警戒レベルにある今、常務がそのまま経営を引き継いだら結果がどうなるかは明らかだ。
常務自身そのことを理解しており、「社長はほんとうに私に会社を継がせるつもりなのか。継ぐ自信は全くない」ということが日頃の言動に明らかに出ていた。

この問題で私は、T社長に同行しての他センターへの移動中に「社長、常務に継がせるんですか」と直接切り出してみたことがある。
するとT社長からは「常務は継がないんじゃないかなあ。まあはっきりと常務の意見は聞いてはいないがね」と予想外の答えが返ってきた。

どうしても息子に跡を継がせたいという家業に特有の強い思いは、T社長にはないようだ。S社が自分の代で終わることさえ選択肢に入れていた。
しかし常務をはじめ、社員の生活は維持していかなくてはならない。T社長と同様、私にとってもそれが新たな懸念事項となっている。

資金調達の達人ゆえに
まずは④借入依存体質を変えなければならない。危険水準とされる売り上げの50%にはまだ達していないものの、T社長のほか常務も連帯保証人に組み込んだうえで、既に担保物権としている倉庫の借入枠を超す借金がある。T社長が資金調達の達人であることが裏目に出ている。

T社長は不採算荷主からの撤退などで売り上げがダウンすると、すぐに銀行に出かける癖がある。気が早いというか迅速な対応というか、端から見ていると銀行の支店長とのかけ引きを楽しんでいるかのように見える。そして毎回見事に低金利で地銀や地元信用金庫から数千万円単位の資金を引っ張ってくるのである。

もちろん、それはT社長がこれまでキッチリと返済を行っており、一度も遅延がないという実績があるからこそなのだが、このままでは借入総額が減らない。
我々はこの点からも営業活動の再開による新規荷主の獲得をT社長に繰り返し主張し、時には荷主や大手物流会社を紹介もしてきたのだが、どうも本人の本腰が入らない。

そんなT社長も、寄る年波には勝てない。最近では持病の高血圧の治療のため、出勤日も減ってきた。
かつてのようなリーダーシップを望むのはもはや難しいだろう。
これから遅くとも2年以内に、S社は事業承継問題も含めた今後の方向性を固めなければならない。
“よろず屋”たる我々にも少々焦りが出始めている。