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第67回 事例で学ぶ現場改善:『元フリーターT氏の教育プロジェクト』

自分探しの旅に出て、海外を放浪していたオーナー一族の次男坊が、日本に連れ戻され家業の物流現場で働くことになった。その教育係が我々物流コンサルタントの役どころだ。次男坊をセンター長に育てて欲しいという。どんな人物なのかも知らないで安請け合いしてしまったのがいけなかった。


学園ドラマの教師役
今回の主人公であるT氏は、年商30億円の機械商社M社の次男坊である。実兄の長男がM社の社長を務め、父親が会長に就いている。
我々日本ロジファクトリー(NLF)との付き合いは、M社の物流拠点の移設をサポートしたことがきっかけだった。移設プロジェクトが一段落したタイミングで、T氏を新拠点の次期センター長として教育して欲しいという依頼を受けた。

M社は歴史のある会社で、代々親族経営を続けている。業績は堅調だ。会長が長男のS氏に社長の座を譲った後も、得意先との関係は安定しており、売上高も微増ながら年々増加している。
卸という業態だけに経営陣は物流の重要性を良く認識し、物流管理に関する知識、情報も豊富に持ち合わせている。

拠点の移設プロジェクトは、それまで使用していた本社兼物流拠点が手狭になり、建物の老朽化も進んでいたことから、本社とは別に外部倉庫を借りるというものであった。
移設後も拠点の運営は従来通り自社で行うという前提で、我々NLFは移設先の拠点と協力運送会社の選定をサポートした。

通常、荷主企業の物流センター長クラスの人材となると、内部に適任者がいなければ外部から調達するのが一般的だ。
しかし、M社の場合には次男のT氏以外に選択肢はなかった。T氏は学校を卒業した後、今の会長の口利きで某メーカーに就職し、その後、同じ業界の販売会社にも勤めたが、いずれも数年足らずで会社を辞めている。

その後、T氏は中田英寿ならぬ〝自分探しの旅〟に出た。アジア諸国を転々と渡り住んでいたという。
その姿を見かねた会長が「戻ってこい」と半強制的に日本に連れ戻したのであった。
会長や社長の話を聞く限り、T氏の物流についてのスキルはもちろんのこと、資質についても疑問であった。

そもそもT氏を幹部にしようというのであれば、長男のS社長か、あるいは番頭格の社員が直接当たるべきだろう。それをわざわざ外部の我々に依頼してきたのは、男兄弟特有のプライドや価値観の違いに加え、T氏が会長を含め身内の言うことを何一つ聞かない状態であったこと、さらには番頭を含めた関係者全員がT氏の教育係をギブアップしていることなどが理由であった。

私は以前に現場でT氏を見かけたことがある。華奢な体格で顔の表情にもまだ幼さが残っているという印象だった。
しかし突っ込んだ話をしたことはなかったので、まずはT氏の人物を知るべく、S社長と番頭を含めた4人でコミュニケーションを取るための飲み会を設定した。

ところがせっかくの席なのに、S社長と番頭は、まるで腫れものに触るかのような話し方しかしない。
そこで酒量が増えていくに従い、私からいろいろとT氏に話しかけてみた。
「どこの国が一番楽しかった」などと、なるべく仕事とは関係のない話題を選んだ。それでも反応がない。かなり人見知りが強いようだ。
実兄であるS氏に対しても、私に対するのと変わらない態度である。本当に兄弟なのかと疑いたくなるほどであった。

事前にS社長からはT氏について「社内の現状に対する問題意識は持っている。 しかし、その改善を自分がやるとなると、言い訳や強い防衛本能が出てしまい、 結局逃げてしまう」と聞かされていた。その言葉には大きく頷けた。
たとえ何かを表現したいと思う気持ちがあってもそれをうまく表現する言葉が見つからず、表現自体を諦めてしまうという状態のようであった。

これではセンター長どころではない、まずは社会人として更生するところからはじめなければならない。それが私の率直な感想だった。
まるで学園ドラマの教師役である。本来の我々の仕事の領域をはるかに越えた依頼であった。大変なプロジェクトになりそうだという予感に襲われた。

飲み会の数日後、T氏から長文のメールが届いた。飲み会の席で、私からT氏に対して「物流センターで感じていること、 思っていることを何でも良いので教えて欲しい」とお願いしたことに対するレスポンスであった。文面は支離滅裂で表現も幼稚であったが、言わんとしていることは理解できた。

要点は次の通りである。
①現状のセンター運営はまともではない。 ロケーション、ピッキング、在庫管理等のあらゆる面で何のルールもないまま、 場当たり的に出荷作業を処理している。改善が必要だ。
しかし、②現場担当者のレベルは極めて低く、自主改善は期待できない。そこで我々NLFに③智恵を貸して欲しい、というものである。

パートの悩みが次々に
それからさらに数日後、私は物流センターに向かった。最初にT氏と2人で打ち合わせを行い、その日の夕方5時から現場の主要メンバーを集めてミーティングを開くという段取りであった。T氏との事前打ち合わせでは、以下のような改善項目を抽出し、確認した。

①整理整頓の徹底
②先入れ先出しの徹底
③作業ルールの決定
④契約面積からの「はみ出し」の改善
⑤パートによる正確な格納作業の推進
⑥適正在庫日数と発注点の見直し全社テーマ)
⑦ロケーションの見直し

いずれもセンター運営の基本的な項目である。T氏もそれは分かっていた。
T氏曰く、「言っても変わらないことが当社の問題である」。まさにその通り。
パートに対して口で言うだけでなく、やって見せて、やらせてみて、そして褒めるといった手間をかけた指導が必要であった。
しかし、現場には、誰か自分以外の人間がそれをやれば良いといった他力本願な考えが蔓延していた。T氏自身もその1人だった。
現場スタッフには、T氏の上司としてセンターを切り盛りする立場にあるベテラン社員がいた。
しかし、会社側では彼に改善活動のリーダー役を期待するのは難しいと見切りをつけ、彼の次の配転先を準備している状態であった。
しかし、T氏をリーダーに育てることのほうが、それよりもっと難しいことのように私には思えた。

それでも、ひとまずミーティングに臨んだ。センター内の作業台を机がわりにし、椅子をかき集めて、まずはレクチャーを始めた。
我々NLFから事前に送付しておいた資料を元に「なぜ、我々の会社で物流が問題視されているのか」
「現場を改善して行くことの必要性、重要性」などを、できるだけわかりやすく説明した。

レクチャー中も倉庫内を移動し、現物を指さして「この部分は整理が必要です」、「これは要るものですか要らないものですか」、「ここに置かれている製品はどういう意味合いの製品ですか」といった具合に、可能な限り具体的に説明した。

私が話し終わると、1人のパートリーダーが意見を出してきた。「いつ入荷するかわからない製品を整理、整頓することはできない」という。言いわけにもなっていない。しかし最後まで話を聞くことにした。
すると、このパートリーダーは、営業の返品対応や購買の仕入れ方法に問題のあることを伝えたいのだと分かってきた。正しい判断である。

それを受けて私は「アナタの指摘はもっともです。営業や購買にも問題はあります。 それも今後の大きな改善テーマになります。
 しかしまずは、このセンターの現場でできることからはじめましょう」と改善の範囲を絞り込んだ。

他のメンバーにも一言ずつでも構わないので意見出すように指示した。すると、全てのメンバーが、先述の7つの実施項目とは関係のない、自分自身の悩みを次々とぶつけてきた。それを聞いていて、いかにこれまでM社が物流現場スタッフの声に耳を傾けずにいたのかをうかがい知ることができた。

結局、この日のミーティングは時間切れとなってしまった。どの項目を誰が担当するかを決定するまでには至らなかった。
私はT氏に対して、私抜きでミーティングの続きをしてみたらどうかと提案するつもりだった。私としてはダメで元々、一か八かの気持ちである。

ところが意外にも私から提案する前に、T氏のほうから「せっかくですから明日、今日と同じ時間にミーティングの続きを行ってみます」との言葉が出て、その場でメンバーに了解を取り付けたのであった。少し希望の光が見えてきた。

諦めかけていたところ…
後日、S社長からメールが届いた。T氏からS社長に宛てたメールを転送したものだった。そこには、T氏のいつもの言い訳や煮え切らない思い、我々NLFの存在が煙たいということまで、グチがつらつらと書かれていた。
「当事者にはなりたくない」、「できれば上司のベテラン社員を自分の隠れ蓑にしたい」というT氏の考えがありありと出ていた。
直接、T氏から私に届くはずのメールは来ていなかった。私が現場を訪問した翌日に開催されたミーティングの報告をするようT氏に指示してあった。
ところがミーティングの開催から既に数日が経っているのにメールが来ない。あきらかに報告が遅れていた。

やはりT氏を変えようというのは無理なのか──私は意気消沈してしまった。T氏を指導して一人前の実務家に育てることならできるだろう。
しかし、センター長にするというのは話のレベルが違う。安請け合いしてしまった自分を責めずにいられなかった。

S社長のメールには、T氏のモチベーションも下がっているように思うのでフォローの仕方を考えて欲しいという要望が付け加えられていた。気が重たかったが改めてT氏に直接連絡を取ってみた。

T氏は意外と明るい声で電話口に出てきた。ミーティングはどうだったかと尋ねた。「進行は私がやりました。普段は、あの人(ベテラン社員のこと)がやるんですが、いつも世間話で終わってしまうものですから」という。
役割分担についても「パートのピッキングルールは私が教えました。今日からそのルール通りにやってもらってます」と返ってきた。

おまけに「これまで報告レポートを作成したことがないので困っています。報告書の書き方を教えて欲しい」と要望してきた。S社長にあてたメールの様子とは全く逆である。思わず私の頬もゆるんだ。

その後S社長からお礼の電話が入った。「とりあえず、次につながったようです。ありがとうございます」という。
T氏が作成した報告書がベテラン社員から番頭を経て社長に上がったことで、様子が分かったらしい。
こうしてT氏の成長が始まった。
結局、ここまで我々NLFは何もできなかったが、今後を見守ることにしたい。