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第70回 事例で学ぶ現場改善:『新興外食チェーンM社の勇み足』

新興外食チェーンが将来的な店舗網の拡大に備え、専用物流センターの設立に動いた。運営費はベンダーから徴収するセンターフィーでまかなう計画だ。しかし、現状の物量は専用センターを所有できるレベルには達していない。プロジェクトに必要な人材も確保されていない。危うい見切り発車だった。


苦悩する担当者

外食チェーンM社は首都圏を中心に約50店舗を展開している。
主要業態は鮮魚を売り物とする居酒屋で、一部の店舗ではランチ営業も行っているが、基本的には17時〜23時の夜間営業である。
現在の年商は約40億円。一店舗当たりの売り上げにすると1億円弱という計算だ。中長期経営計画では一都三県をエリアとして、年間平均5店舗のペースで店舗網を拡大していくという方針を打ち出している。

同社の経営企画室に所属するS氏が、我々日本ロジファクトリー(NLF)のホームページを見て、問い合わせを入れてきた。
専用センターを新たに設置する計画があるので、その相談に乗って欲しいということである。聞けばS氏はM社に昨年入社したばかりで、物流部門の経験はないが、センター設立プロジェクトを一人で担当する立場にあるのだという。
実際にS氏と面談した段階でも、物流センターのイメージや計画など、まったく白紙の状態だった。そのため、我々から一般的な物流センターについて説明する程度で最初の面談は終わった。

その後もM社と正式なコンサルティング契約は交わしていない。それでも忘れかけた頃に、S氏から電話がかかってくる。
その都度、プロジェクトの進捗について報告を受け、その感想を伝えた。S氏は腰が低く、丁寧な姿勢でいつも接してくる。コミュニケーション能力に長け、情報を聞き出すことが上手かった。そして熱心でもあった。
しかし、プロジェクトは関係者たちの意見に相当、振り回されていたようだ。S氏から電話で相談を受けるたびに、センター運営の前提条件が変わっていた。
本当に彼一人でセンターを立ち上げることができるのだろうか。私は一抹の不安を感じていた。それでも、たまに電話で相談を受ける程度の関係で、それ以上に深く関与する立場にはなかった。

M社の基本的なプランは、卸から調達した食材を自社センターに集約し、店舗ごとに一括納品するというものだ。
センターの確保と運営は物流会社か食品卸にアウトソーシングし、委託費用は「センターフィー」として仕入先から徴収しようという考えだった。この計画が持ち上がる以前から、M社は自前の鮮魚専用センターを所有していた。
当初、S氏はそこに他の商材も取り込めないかと模索していた。
しかし、鮮魚センターの運営状況を調べたところ、次の繁忙期に入るまでに鮮魚だけでも手一杯になることが判明した。
とても他の商材まで取り込む余地などなかった。また、鮮魚は水槽を装備した活魚専用車両を使って
センターから店舗に納品しているため、他の食材と混載できない。
それを聞いて私は、無理に鮮魚とそれ以外の食材を一つのセンターに集約にする必要もないだろうと意見を述べた。

物量が足りない
その後、S氏は当社が紹介した物流会社や、S氏が自分で探してきた食品卸などの委託先候補と、センター運営に関する打ち合わせを重ね、同時に仕入先とのセンターフィー交渉を進めていった。
一般に大手小売業の加工食品センターの場合、センター運営委託費はセンターを通過する商品金額の3%前後となっている。その内訳は、庫内作業費が四割、配送費が六割といった具合である。
年間の商品通貨金額は最低でも数10億円以上に及ぶ。ところがM社の場合、年間の仕入額が全体でも約6億円であり、主力商材の鮮魚は、鮮魚専用センターから納品しているため、新センターの商品通過額が野菜類を入れても4億円程度にしかならない。ボリュームがあまりにも小さかった。
案の定、委託先候補の物流会社からの見積りは、保管料を含めて通過額の12・5%というものだった。
野菜など生鮮品や低温食品なども扱うため、一般の加工食品センターと数値を比較することはできないが、それにしても割高だ。
M社の社長から目安として示されていた9%台という条件とも大きく乖離していた。
私は自社センター化を延期し、ボリュームが確保できるまでは、卸による物流を継続するよう、S氏にアドバイスした。
しかし、M社のトップがその時点で既に自社センターの設置を外部に発表してしまっていたこと、また物量も店舗網の拡大によって確保できるという算段もあって、延期はできないという。
しかし、計画とは、あくまでも見込みに過ぎない。以前から私は「店舗数の増大によって、売上高や物量が増えます」という荷主の話を信じないことにしている。新規出店をしても、既存店の売り上げがダウンするかもしれない。スクラップ&ビルドによって閉鎖する店が出てくることもある。フランチャイズ(FC)チェーンの場合には、FCオーナーの不在や資金繰り悪化も考えられる。経営計画通りに売り上げと物量を増やせる会社など、むしろ稀なのだ。
S氏は苦悩していた。それでも多くの仕入先、物流会社、卸などとの度重なる折衝を経験することで、
物流の知識は豊富になり、センター化のポイントやノウハウなどを徐々に身に付けていったようだ。
仕入先とは、センター在庫の所有権や納入ロット、納品回数、納品形態を調整し、物流会社とは店着時間、鍵預かり(ドライバーが店舗の鍵を預かり、店員の出勤前に納品しておく)の対象店舗を取り決めるなど、精力的に動いていた。幸いM社の店舗は大半がテナントビルの1階に入居していた。
入り口正面から納品できるため、一般の飲食店より納品を短時間で処理できる。車両の停車時間が短いので、駐車禁止対策に悩まされずに済んだ。
また、受発注システムに、飲食業界で広く普及しているプラットフォームを利用していたため、各店舗からの発注は毎日深夜0時には自動的に締め切りとなる。時間外発注やキャンセル、追加発注などを危惧する必要もなかった。
しかしS氏の交渉の仕方、商談の進め方を、私はいつもひやひやして見ていた。S氏の前職はM社と同じ飲食チェーン大手。その経験からか、バイイングパワーに対する過信が少なからずあるようだった。
センターフィーについても折り合いがつかず、結局数社の仕入先を変更するという強硬手段までとっていた。
運営面で最後まで課題として残ったのは、野菜とアイスクリームの扱いであった。野菜は鮮度が重要だ。
しかしセンターを経由することでリードタイムが長くなってしまう。店舗納品時の保管方法や納品時間帯にも配慮が必要であった。だからといって、野菜をセンター通過の対象外としてしまえば、物量の確保が余計に難しくなる。
一方、アイスクリームは解凍を避けなければならない。通常の食材とは扱いを変えて保冷用ストッカーの使用等を検討する必要があった。

センターフィーが割高に
多くの課題を抱えたまま、運営委託先は最終的に食品卸に決まった。料金は通過額の10%で、
社長が指示した9%台という水準を超えていた。
しかしセンター化を前提とするなかで後には引けず、他に選択肢がなかったというのが実情である。いかにも多難な船出であった。
先日、S氏から約3カ月ぶりに連絡が入った。センターがまったく機能していないという。メーカーは原料の値上げなどを理由にセンター入れ条件の変更を訴えている。
食品卸によるセンター運営も現場管理者・パートが集まらず、派遣に頼っているという。まさに上からも下からも突き上げられている状態である。
やはりM社の自社センター設置は時期尚早であったと言わざるを得ない。通過金額が10億円に満たない専用センターはどうしても割高になってしまう。ベンダー側に対する交渉力も弱い。
さらには、プロジェクトの取りまとめをS氏1人に、しかも他の仕事と兼務で当たらせるという体制にも無理があった。
センターフィーを伴う専用センターの設置は、仕入先との交渉に細心の注意が必要だ。その担当者には単に優秀であるだけでなく、押したり引いたりのかけ引きと、計画の細部について、一つひとつ積み上げていく繊細さが求められる。とても片手間で処理できる仕事ではない。
実際、S氏はプロジェクトの終盤、大詰めを迎えた段階になって、どの会社の誰と何の交渉を行っているのか、混乱に陥ってしまっていた。
その結果、委託候補先から前提条件の違う見積書が提出され、トラブルにも見舞われている。
その責任をS氏個人に負わせることはできない。立て直しには、全社的な取り組みが必要である。