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第72回 事例で学ぶ現場改善:『主要荷主の物量急減を生き延びる』

売り上げの7割を占める主要荷主の物量が一気に3割もダウンしてしまった。回復のメドは全く立たない。一切のタブーを設けず、コスト削減を徹底した。しかし、それだけでは足りない。先の見えない世界同時不況を生き残るために活路を開く必要があった。


リーマンショックで売り上げ三割減

T社は年商90億円・保有車両台数350台という中堅規模ながら、全国レベルで見ても優良と評価できる物流企業である。
大手機械メーカーと自動車関連メーカーを主要荷主として、9カ所に事業所を配置し、それぞれ地域に密着した効率の良い経営を行っている。
今から約40年前、倒産しかかっていた同社を現社長が譲り受け、建て直しを図りながら着実に業績を伸ばしてきた。
ところが、年商100億円の大台に手も届こうかというところまで来て、先行きに突然暗雲が立ちこめた。
米国の金融危機に始まった世界同時不況で主力荷主の輸出に急ブレーキがかかってしまったのである。その影響は想定していたよりもずっと速いスピードでT社に押し寄せた。わずか数カ月の間に物量が見る見る減少していく。対前年比の月次売上28%減という惨状である。
これまでT社はメーンの輸送業務の他に、保管、流通加工、庫内作業、引越しなどに事業領域を拡大して、リスクの分散に努めてきた。特定の荷主や業種に依存することも可能な限り避けてきた。
実際、主要荷主2社以外にも、食品や日用雑貨卸、小売業のセンター運営などの案件も手掛けている。
それでも、T社の売上高に占める主要荷主2社の比率は70%からなかなか下がらなかった。
T社のみならず、一般に年商100億円クラスの物流会社では、最大手荷主の売り上げが全体の3割強、二番手が2割程度という構成になっていることが多い。
物流会社側でいくら売上構成比のバランスを変えようと努力しても、主要荷主の業績が拡大すれば思うようにはならない。
物流会社にとって売上拡大はもちろん喜ぶべきことだが、特定荷主に依存する事業構造から脱せないというジレンマには常に悩まされることになる。
かつて筆者がコンサルティングに入った、年商100億円クラスの別の物流会社では、荷主一社当たりの売上構成比が3%を超えた荷主を「警戒レベル」として位置付け、最大でも5%を超えてはならないという社内ルールを設けていた。
しかし、その結果として毎年荷主の3割が入れ替わるという不安定な経営を強いられていた。売り上げの分散はそう簡単ではない。
しかし、今回のケースのように“勢いのある大手荷主”との取引が、物流会社にとって時に深刻な事態を生み出す可能性もまた否定はできない。物量と売上高が急速に膨らむため、物流会社は他の荷主や新規荷主の獲得に手が回らなくなってしまう。その結果、ますます主要荷主への依存度が増していく。
T社はそのリスクをまともに被ってしまったわけである。突如として直面した危機に対応し、T社では常務を中心とする緊急プロジェクトチームを発足させた。性格の異なる二種類のアプローチが対策として打ち出された。
1つはコスト削減。そして、もう1つは提案営業部隊の発足であった。
不況に直面してコスト削減を実施するのは、どこの会社でも同じであろう。T社の場合はそれと並行して、この機会に将来に向けた布石を打とうと考えたわけである。
コスト削減のため、プロジェクトチームはまず、事務所を巡回し“ムダ取り”を実施した。事務所スペースの縮小や駐車場の解約、フォークリフトの台数削減、路線運賃の値下げ交渉、派遣スタッフの打ち切り、パート・アルバイトの削減、残業の廃止、携帯電話サービスの変更、さらには蛍光灯や紙の使い方に至るまで、徹底してムダを潰していった。もちろん低燃費走行や商品事故、車両事故の撲滅についても厳しくチェックした。
本社サイドでも、減車車両の積み増し、荷主への出先機関を除く事業所の統廃合、倉庫建設の凍結など、ほとんどすべての領域にメスを入れた。
役員報酬のカットも行った。誰からも異論は出なかった。それでも足りなければ、後はT社のような地域密着型企業が最も恐れる地元採用の正社員の整理解雇しか選択肢がなくなってくる。
これまで高い収益性を維持してきたT社といえども、28%の売り上げ減少は尋常な事態ではなかった。
事業を継続していくには損益分岐点を少なくとも20%は下げなければならない。聖域を設ける余裕などなかった。
一方、提案部隊の発足。これまでT社には営業の専門組織が存在しなかった。各事業所の所長を中心とした活動で一定レベルの受注は獲得できていた。
しかも受注の大半は、地域密着型の運営をベースとした「口コミ」と「紹介」というルートであったため、本社のスタッフ部門として本格的な営業部隊を組織する必要がなかったのである。
この体制を改め今回、若手執行役員のM氏を長として計5人の専門チームを発足させることになった。このチーム編成には我々日本ロジファクトリー(NLF)も一枚噛んでいる。
これに先立つ約半年前、NLFはT社で提案営業の研修を実施している。その結果に基づいて適正な人事案をT社側に提示したのである。
もっとも、新設した部隊はまだ、基礎研修を受けた適性のある人員の集まりという段階であり、実践は積んでいない。
部隊の長である若手執行役員のM氏だけはT社で唯一従来から提案営業を行っていたが、その他の4人はほとんどゼロからの出発である。素人集団と言ってよかった。
彼らに提案営業の研修を行った我々が、そんな言い方をするのは無責任に聞こえるかも知れない。確かに営業部隊のメンバーには計12回にわたる研修で、営業の考え方、業務の内容、マーケティングの進め方や提案書の作成方法、他社事例やロールプレイングによる実習などを実施してノウハウを叩き込んだ。
しかし、研修でできることには限界もある。受注を獲得できる営業マンになるには、やはり数多くの実践を積む必要がある。

提案営業部隊の新設に活路求める
そこで我々NLFが対応しているコンサルティング案件のなかから、実践の機会を紹介することにした。
具体的には、外資系化学品メーカーの物流コンペへの参加を促し、他に中古リサイクル販売の店舗回収業務、そして国内販売を主力としている金属メーカーの代理店配送と保管業務の3つの提案営業案件を紹介した。
本格的な実践を前にして、M氏を中心としたメンバーは少々腰が引けていた。しかし、T社の置かれている現状を改めて説明し、このチームが積極的に前に出ていかなければ展望は開けないことを伝えて、
ハッパをかけた。
3つの案件のうち外資系化学品メーカーの物流コンペでは基礎研修の知識をそのまま活かすことができた。
提案書は十分他社と戦えるレベルにあった。ただし、情報収集には課題が残った。提案書を作り、見積もりを出すためには、何を確認して、どのようなデータを入手する必要があるのか、その点が曖昧であったために、何度も荷主と連絡を取ったり、必要以上に現場訪問を繰り返さなければならなかった。それも影響して荷主への回答や返事などのレスポンスに時間がかかり過ぎていた。(これは他の多くの物流会社にも同じことが言える)打ち合わせや商談を行っても次回の訪問日時を決めてこないため、いざ再訪問となっても先方が出張など不在で話が詰められないということもあった。総じて、要領が悪かったのである。
しかし、素人集団ならではの強みも発揮した。既成概念を持たずに自由な発想で輸送インフラを組み立てたり、あるいは荷主の情報に過剰反応して提案の作成に必要以上の労力をかけてみたり、いわゆる上手な駆け引きができなかったことで、かえって荷主からの信頼を得ることに繋がった。
こうして苦労を重ねながらも、3つの案件すべてについて、見積書を提出する段階まではこぎ着けた。荷主からの回答はまだ出ていない。
しかし、たとえ受注を逃したとしてもT社の営業専門部隊は経験という大きな財産を手にしたはずだ。
T社に限らず物流業界は現在、前例のない危機に直面している。
昨夏にピークを迎えた原油の高騰は、今になって振り返ればコストだけの問題であった。手の打ちようはあった。
ところが今回の世界同時不況による物量の減少には逃げ場がない。大部分の物流会社が損益分岐点を下げ、縮小均衡を迫られている。
しかし、コスト削減だけでは未来の展望は開けない。危機を体質改善の好機として、将来に向け活路を開く必要がある。