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第76回  事例で学ぶ現場改善:『小売り直販の物流インフラ構築』医薬品メーカーT社

これまで卸経由で販売してきたメーカーが新製品の発売を機に、小売り直販に乗り出した。その物流整備がプロジェクトのテーマだ。自社センターを持たない中堅以下のチェーンストアや商店街のパパママストアに、卸に頼らずどうやって商品を届けるか。ゼロから輸送網を設計する必要があった。

マーケティング主導で卸中抜き
医薬品メーカーT社は大衆向け医薬品を製造販売する、日本人なら誰もが名前を知る有力メーカーである。
年商は約800億円。取扱い品目は約1300アイテム。トップシェアでこそないものの、品質の高さと市場から撤退させる製品の少ないことで業界では高い評価を得ている。
ある日の午後、本誌の連載を読んで連絡をしましたと、T社のM氏から名指しで電話が入った。聞き覚えのある医薬品メーカーであったため、自分の身体に何か異変があったのかと一瞬ヒヤリとしたが、仕事の話であった。
新製品を市場に投入するにあたって、物流の仕組みを考えなければならず、相談に乗って欲しいとのことであった。
その翌週、T社を訪問した。問い合わせの連絡をくれたM氏と、その部署の室長が出迎えてくれた。両氏共マーケティング室の所属であり、2人は物流のことについては全く素人であるという。物流関連部署の担当者も同席はしていない。
話を聞くと、新製品は既に開発済みで、マーケティングプランなども着々と内容が詰まってきている状態であった。
この新商品のマーケティング戦略にはT社の従来のやり方と大きく違うところが1つあった。卸を通さないで販売するという点である。
そのために、どのような物流体制を組む必要があるのか、分かりやすく説明して欲しいとのことであった。
こうしてT社の物流プロジェクトが幕を開けた。我々日本ロジファクトリー(NLF)がコンサルティングを行う期間は4カ月。ただし、この間に十分な検証と判断が出来ない場合には、さらに2カ月を延長するというスケジュールであった。
プロジェクトの初期は、「物流とは何か?」という基本的な知識や、新製品の主要販売先となる大手ドラッグストアの物流の特徴などをレクチャーした。まさに〝物流入門〟といった内容であった。
担当者に物流を基本から理解してもらうことは、回り道のようであっても後々、新しい物流インフラの妥当性を判断するには、必要だと考えた。
プロジェクトの中盤になって、ようやく本題に入った。といっても具体的な物流インフラを設計する前に、まずは整理しておかなければならないことがあった。既存製品の物流との棲み分けである。
工場の出荷段階から別ルートを組むのか、あるいは既存製品で使用している物流センターの出荷時点から別ルートにするのかを決めておかなければならない。
T社の生産拠点となる自社工場および委託先工場は、製品ごとに全国に散らばっている。工場から卸に直送すれば、納品がバラバラになってしまうため、いったん在庫を集約して荷揃えするための物流センターを設けている。当然、その分だけコストはかさむが、もともと医薬品は単価が高く、売上高に占める物流コストの割合が1%にも満たないことから大きな問題にはなっていない。
検討の末、卸ではなく、小売りに直接納品する新製品も、他の製品と同様に既存の物流センターにいったん集約することにした。ロットのまとまる大手小売りチェーンに対しては工場直送によるコストダウンも不可能ではなかったが、あえて見送った。
これにはT社の社内事情も影響している。T社では工場から物流センターまでの物流費を製造原価に組み込んでいる。そのためマーケティング担当としては生産物流に首を突っ込んで面倒を起こすより、販売物流に対象を絞ったほうが得策というわけだ。
この手の話はT社に限らず他のメーカーでもよくあることだ。企業規模が大きくなるほど、営業側起点の物流改善は販売物流だけ、生産側起点の物流改善は生産物流だけとなる傾向がある。
そのために全体最適が実現しない。改善の余地がそれだけ残されているということでもある。
ともあれ、こうして前提条件が整理され、いよいよ卸を通さない物流インフラの設計に入った。新製品の出荷予定数、販売先数、パッケージの大きさ、ケースの入り数、製品単価など、物流に必要な製品スペックを基にして仮説を作っていった。
新製品の納品先となるドラッグストアには、全国規模のチェーンストアから商店街のパパママストアまである。このうち販売量の最も大きい大手ドラッグチェーンは、彼らの運営する自社物流センターへの直納になるため、運用上の負担は小さい。センター納品の実績がある既存の協力物流会社もあったため、業務委託の問題もなかった。
ただし、センターフィーが発生する。T社が新製品で直販を決断した狙いは販売情報の早期フィードバックと中間マージンのカットが大きかった。
しかし実際には、センターフィーと、運賃の支払いが予想していた以上にかかってしまうことが分かり、マーケティング室の両氏は戸惑いを隠せない様子だった。
販売量で中クラスのドラックストアに対する納品方法には、2つの選択肢があった。1つは日用雑貨など医薬品と近接する業種の直販メーカーの物流インフラを活用するという方法だ。そしてもう1つが、医薬品業界の他のメーカーや卸の物流を担っている物流会社に共同配送を依頼するという方法であった。

 

 2009.05■図●

 

ロット別に3パターンの納品体制
 その具体的な委託先を調べたところ、配送効率の良い都心部においては類似業種の直販メーカーの
物流インフラをリーズナブルな条件で利用できることが分かった。
一方、地方は物流会社主導の共配に頼る必要があった。地域ごとに、条件を満たす物流会社を探した。
その課程で、地方になればなるほど、物流会社主導による共配機能が強く働いている実態を改めて確認することができた。それでも、共配網の対象から漏れてしまうパパママストアもあった。そこは結局、宅配便や路線便を利用するほかなかった。
パパママストアに関しては、卸の物流子会社のインフラを活用するという選択肢もあった。
しかしスタート時はともかく、物流を握られることで後々、卸からのプレッシャーが強まり、最終的に卸を通す販売になってしまうことを懸念したのであった。
こうして販売量別に3パターンの物流インフラを設計し、委託先候補の物流会社各社と協議を重ねていった。これと並行して東海エリアでトライアルをスタートさせた。
ちなみに静岡県は消費、購買環境において所得水準、人口構成、気候などが、最も全国平均に近く、マーケティングテストの対象エリアに選ばれることが多い。T社の物流トライアルもこれに準じたものである。
テストは無事終了し、T社の新製品の販売が開始された。今のところ物流面は問題なく運営されている。
ひとまずプロジェクトは成功ということになる。ただし、小売りへの直接販売というマーケティング戦略の成果が問われるのは、むしろこれからだろう。
卸の中抜きを検討するメーカーあるいは小売りは後を断たない。しかし、製品特性や単価、アイテム数、物量、そして販売チャネルとセンターフィー料率によっては、むしろ卸や商社を通す方が安くつく場合も往々にしてある。
小売との交渉ノウハウがないメーカーが中間マージンのカットだけを目的に卸の中抜きに動くのはリスクが大きいといえるであろう。
卸は、①ファイナンス(決済と与信管理)、②ロット調整、③品揃え、④物流、⑤リテールサポートなどの機能を持っている。それと同様の機能を自分で担保できないメーカーが直販を長期間維持することは困難だ。
生販同盟のハードルは決して低くないのである。