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第81回 事例で学ぶ現場改善:『不況下に業績伸ばす下請け運送会社』

裸一貫で物流会社を立ちあげて20年。売り上げの七割は下請けの傭車仕事だが、不況にも負けずリーマンショック後も業績を伸ばしている。しかし、これから一〇年先のことを考えれば今が決断のしどころだ。創業社長が経営改革に乗り出した。

傭車仕事で付加価値を上げる
トラック運送をメーンとする物流会社S社は首都圏に営業所を含めて8拠点を展開している。
社歴はまだ20年に満たないが、売上高は年々増加している。昨年9月のリーマンショック以降もその勢いは落ちることがなく、間もなく年商は20億円に手が届くほどになっている。
「3PL事業の拡大が寄与」、「コスト改善に強みがある」、「大口荷主を獲得」などといった洒落た戦略があるわけではない。売り上げの七割は他の物流会社から再委託された下請けの傭車仕事だ。それで、どうして強いのか。
いたって泥臭い、地元に密着したドブ板経営を徹底していることが理由の一つ。もう一つは顧客構成にある。
同社に傭車を依頼する顧客数は200社以上に上る。その顔触れもフォワーダーや倉庫会社、港湾、路線会社、3PLなど様々だ。
顧客の企業規模は大手から中堅がメーンだが、一社当たりの売上高はほぼ均等で、S社にとって主力取引先といえるような依存度の高い顧客はいない。
傭車中心といっても、それだけ多くの顧客からバランスよく仕事を受けていると、ひとつの業態としての付加価値が生まれてくる。
しかも、S社は「衣、食、住」の生活関連の物流を主な対象としている。アパレル、食品の三温度帯対応、建設・建築関連という、比較的安定し物量の大きな市場を得意分野とすることに成功していた。
そんなS社の経営改革を我々日本ロジファクトリー(NLF)がお手伝いすることになった。S社の創業者でもあるY社長からの依頼だ。
初対面のY社長は、短髪でよく日焼けし、50絡みの年齢ながら現役ドライバーを思わせるような逞しさがあった。ただし、成功した創業社長にありがちな傲慢さは一切なかった。
過去の苦労話など何一つせず、我々の話にじっと耳を傾ける。こちらから提示した資料も、まずは自分でじっくりと目を通し、内容を十分に確認してから、横に座っている取締役に手渡す。そんなちょっとしたやりとりにも、筆者はS社の強さの一因を垣間見た気がした。
というのも、こうした状況では資料などには目もくれず、部下にひょいと渡したままにする経営者が多いからだ。
とりわけ創業者の場合は、後継者の育成、権限委譲という名の下、専務職を設けて、実印の管理以外を丸投げしているのをよく見受ける。
しかし、Y社長はそうではなかった。自分が全て知っていなければ気が済まないタイプのようで、部下は〝信頼しても、信用しない〟。強い危機感と、創業時の初心を持ち続けている経営者だった。
Y社長は「私が現役を続けられるのも、あと10年だ。その前にこの会社をどうするか決めておかなければならない。誰かに継がせるのか、会社を閉めてしまうのか。
いずれにせよ、10年後にはS社を今よりもずっと価値のある物流会社にしておきたい」という考えだった。それだけに現状に対して強い危機感を抱いていた。
「これまでのような傭車中心ではいつおかしくなっても不思議ではない。今のところ何とか売り上げは維持しているが、全て口コミや紹介で、営業らしい営業は行ったことがない。やはり提案ができる営業組織を作らなければならないと考えている」とY社長。
不況期だからこそ、むしろ攻撃の手を緩めず、大手や中堅物流会社、そして直荷主に対する提案力をつけていこうという判断だ。そのために必要な優秀な人材も獲得したい。相応しい待遇も用意するという。
我々NLFは物流専門の人材紹介事業も手がけている。現在のような環境でも優秀な物流人材を求めている会社は少なくない。
しかし、どこも年収は抑えたいという。安くて優秀な人材が欲しいといった、ないものねだりが多い。
Y社長の考えは違った。
「希望年収が低い人材には、それだけの仕事しか期待できない。何と言っても自信がないのではないか。当社が求める条件を満たす人材であれば、それなりの年収を希望するはずだ」と理解していた。

優秀な人材は安くない
こうして我々はS社の提案営業部隊の核となる人材の獲得に着手した。
ハローワーク、求人チラシ、求人誌、携帯サイト、人材紹介会社とほぼ全ての媒体を使って、営業部長とそのアシスタントの採用募集をかけた。
待遇は相場よりもだいぶ上だ。我々は募集が殺到するだろうと高をくくっていた。ところが求人募集を始めて一週間が経っても数人の応募しかない。理由を調べると年収レベルや再雇用制度など福利厚生面などは充実しているのだが、①勤務地が都心部ではないため通勤に時間がかかること、②年間休日数が100日を切っていて休日が少ないこと、③物流業界における提案営業の責任者というポストが、一般の人には馴染みが薄いことなどによるものだった。
これが現場職であれば、今の雇用状況なら応募者が殺到するところだろう。
しかし同じ物流業でも提案営業をうたった人材募集はまだ少ない。経験者も限られている。そのために反応が悪かったのである。
そこで媒体を絞り込み、求人内容の変更を行ない、当初の募集締切期間を一週間延長して採用活動を継続することにした。
こうして23人の応募者が集まった時点で募集をストップした。スペックを見る限り、目ぼしい人材が集まっていた。
書類選考を行なった後の一次面接にはY社長と人事担当役員、総務部長そして我々が参画した。いざ面接となると立派な学歴と職務経歴書に裏切られる人物も多くいた。結局、一次面接で4人に絞り込み、二次面接に移った。
詳細な条件面の確認、物流提案営業に必要なスキルに留意して選考を進めた。その結果、我々と人事担当役員は、部長職とアシスタントの2人をそれぞれ選択した。
ところが肝心のY社長が頭を抱えていた。「どうもしっくりこない」、「この4人の違いが見えない」
というのであった。
そこで理解度を深めるために、候補者4人を集めて食事の席を設けることにした。お酒が入ることで候補者だけではなく、S社の採用担当メンバーもより自然体に話をすることができた。
意気投合する場面もあり、候補者同士が食事しながら話をするというのも貴重な経験となったようだ。
翌日、Y社長はすっきりとした気分で2人を選んだ。

2009.10■図●荷主攻略シート

100年に一度のチャンス
間もなく彼らが入社して半年が経とうとしている。
入社後2人にはS社の現場業務を理解・修得させると同時に、まずは大手物流会社を中心に回らせた。
提案のルールや営業ツール、管理、進捗フォーマットなどは我々NLF製のフォーマットをS社向けにカスタマイズした。
もっとも当初は提案というより挨拶回りに近く、新人の2人には戸惑いもあったようだ。それでも次のフェーズとしてメーカーや卸などの荷主企業を直接訪問する段階に入り、少しずつ提案可能な業務を見つけ出していった。名刺の数も月を追うごとに増えていった。
これまでに提案書および見積書の提出までこぎ着けた件数は6件。うち2件はボツ。他の4件のうち検討中が2件。受託できそうな案件が2件という状況である。
偶然、この原稿を書いている最中にS社から連絡が入った。1件の受注が決まったという。2トン車・2台のルート配送と、約100坪の入出庫、保管業務だという。
月にして約150万強の仕事である。残念ながらもう1件は他社に取られたとのことだが、筆者にとっては嬉しい報告であった。
Y社長のように不況下でも売り上げを伸ばすことのできる経営者は、思考パターンが他の経営者と大きく違う。正反対といっても良い。
いわゆる〝逆転の発想〟を常に選択肢として持っている。Y社長から学ぶべきは、〝100年に一度の大不況〟を〝100年に一度のチャンス〟としてとらえ、そして果敢に行動することであろう。