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第93回 事例で学ぶ現場改善:『商物分離の方針を修正した食品メーカー』

商店街のパパママストア向けルート配送の商物分離をしたいという依頼が入った。営業マン一人当たりの売上拡大が狙いだという。しかし、商物分離が必ずしも営業活動にプラスになるとは限らない。まずはプロジェクトの前提を疑ってかかる必要があった。
生産畑出身の悩める二代目経営者

食品メーカーのS社は年商約20億円の中堅企業である。約750アイテムの商品を中京圏の食品スーパーや卸、商店街の食品店などに納品している。
工場の隣接地に出荷拠点を構え、横持ちの発生しない効率的な物流フローを敷いている。同社の創業家の二代目、A常務から我々日本ロジファクトリーに電話が入った。ルート配送について相談があるとのことであった。
NLFのことは同業の食品メーカーの知り合いから聞いたという。数日後、我々はS社を訪れた。本社ビルの1階から3階は工場になっていた。場内は整理整頓が行き届き、清潔感があった。
我々が通されたミーティングルームにはA常務の他にルート配送責任者、そして大手食品卸のOBで最近入社したばかりという営業顧問が同席していた。S社には大きく2つの出荷形態があった。
1つは卸や食品スーパーのセンター納品で、これには路線便(特別積合便)を利用していた。
そして、もう1つが商店街の、いわゆる〝パパママストア〟向けルート配送だ。
今回の依頼は後者のルート配送における物流業務の負担軽減であった。S社のルート配送は営業マンが自分でハンドルを握る商物一体型であった。これを外部の物流会社に委託すべきか、あるいは自社物流のまま、営業担当と配送担当を切り分けて物流のあり方を見直すべきか、それとも他に選択肢があるのか、A常務は悩んでいた。聞けばS社は創業して約60年になるが、これまで他社に真似のできない隙間市場を狙った商品開発力で暖簾を守ってきたという。
そしてS社の後継者となることが既定路線となっているA常務は、入社以来ずっと生産畑を歩んできた。学生時代から機械いじりが大好きだったというA常務は、S社に入ってからも製造機械の開発とそのオペレーションの改善に没頭し、技術力の向上にひたすら努めてきた。それだけに「正直なところ営業のことはよく分からない」という。社外から営業顧問を招き、我々NLFのようなコンサルティング会社を利用するのもそのためであった。
一通り話を聞いたうえで我々は、「なぜ物流業務の負担を軽減したいのか」と、A常務に確認を求めた。
「営業マン1人当たりの売り上げを上げたい」という返事であった。そこでさらに「どれくらいの売上増加を望むのか」と質問を重ねた。
すると「営業マン1人当り売上増は現状の1・5倍〜2倍。達成までの期間は約1年」とのことであった。それだけ高い目標を1年で実現するのは容易なことではない。
そもそもルート配送の見直しや商物分離といった方法では、まず達し得ない目標だと我々は考えた。商物分離は非常にデリケートなテーマである。世間一般の事例や我々のコンサルティング経験を振り返っても、商物分離がすんなりと成果を挙げるケースは稀だ。
多くは正解の見つからないまま〝分離〟と〝一体〟を繰り返しているのが実情だ。商物分離は単なる物流改革ではなく、提案営業手法の習得や営業マンのスキルアップ、営業ツールの整備といった営業改革との〝両輪〟が噛み合ってはじめて効果の期待できる手法である。そのことを同席しているメンバーに伝えた。彼らはその提示に頷き、思案していた。
ニッチ戦略をとるS社は販売戦略においても大手が軽視しがちな商店街の小規模単独店をチャネルとして重視し、パパママストアのニーズにきめ細かく対応してきた。その配送業務も単なる納品ではなく、
コミュケーション型の〝御用聞き営業〟であった。具体的にはルート配送において以下のような業務を行っていた。

a. 先入れ先出しの棚入れ
b. 陳列
c. 在庫確認および管理
d. cに基づく補充注文取り(定数納入含む)
e. 値付け
f. 代金回収
g. 店主との情報交換とコミュニケーションなど

この業務を配送効率を求める物流会社に委託するのは現実的とは言えなかった。このうち「g. 店主との情報交換とコミュニケーションなど」を除けば、最近は物流会社でも対応するところはあるが、それだけ支払いコストは増加する。しかも売上増は多くを期待できないので結局、コスト割れしてしまうケースがほとんどである。

商物分離は得策ではない
我々はS社がエリアとする食品スーパーを覆面調査で視察して回った。しかし、S社の商品はリージョナルチェーンにわずか2アイテムが陳列されていただけで、ナショナルチェーンには1つも見当たらなかった。S社の販売チャネルがパパママストアに大きく偏っているのは明らかだった。結論として我々はS社の場合には商物分離は得策ではないと判断した。その理由は大きく以下の3つである。

①S社のメーンの得意先は規模の小さなB・Cランクの小売店や卸売会社である。 その納品ではコミュニケーションが重視される。それだけに商物分離によって顧客離れを引き起こす可能性が高い。

②S社が工場および出荷拠点を置いているエリアには、 納品付帯作業に実績を持つ物流会社がほとんど見当たらない。物流会社の営業資料には対応できることをうたっていても信頼性は低い。

③きめ細かな納品に対応できる物流会社があったとしても、支払物流費はそれだけ高くなってしまう。

また、店舗の視察から我々には1つの疑問が浮かんでいた。大手量販店の取り扱っていない商品群でなぜ年間20億円もの売り上げが立つのかという疑問である。食品業界では俗に〝単品100億〟と言われる。
全国CMなどを打つナショナルブランド商品であっても、単品の売り上げは100億円がほぼ限界という説である。それと比較すると知名度もなく販売チャネルの限られているS社の年商が20億円というのは大き過ぎるように感じた。
S社にそう伝えたところ、実は同業メーカーから生産委託を受けていて、その売り上げが全体の約3割を占めているとのことであった。我々の疑問が解けると同時に、S社が一般的な知名度こそなくても、その技術力においては業界内で一定の評価を得ていることを確認できた。
こうしてS社のプロジェクトは「ルート配送の見直しと商物分離」から「S社の強みを活かした売上拡大」へと軌道修正を行うことになった。
そしてS社の「強み」としては以下の6点が挙げられた。

①生産技術力と生産量への対応力──多様な商品形状、少ロットなどの依頼に小回りよく対応できる
②包装およびパッキング技術──他社ブランド製品にも柔軟に対応できる
③同業者への知名度が高い
④衛生管理の徹底ができている──ちなみにA常務は土日・祝日にも出社して、楽しそうに機械の清掃に当たっていることも多いという。
⑤高付加価値型商品を手がけている
⑥素材が良い──国産原料100%

こうして軌道修正された売上拡大プロジェクトのテーマは以下の3つに絞られた。

(1)営業マン1人当たり生産性の向上
現有戦力でどれだけ売り上げを伸ばせるかに挑戦する。そのために①サンプルツールの見直しと、②S社商品を使ったレシピの作成を実施する。

(2)販売チャネルの開発
①S社の技術力を活かして老人介護向け商品を開発し、老人介護施設(大手専業ベンダー経由含む)を開拓する。
②弁当、給食会社向け業務用商品を開発し販路を開拓する。
③工場が集積しているため社食需要があり、給食会社も多いCエリアを新たに商圏とする。

(3)売上に伴う納品インフラづくり
従来S社では新規顧客や新規エリアの開拓に当たって、誰が運ぶかという点が大きな制約となっていた。納品体制を整備することでボトルネックを解消する。

生産・営業・物流の一体改革が実現
このプロジェクトはもう間もなく終了となる。
結果としてS社の営業マン1人当たり売り上げは、当初A常務が掲げた1・5倍には届かなかったが1・3倍強に増加した。同業他社からの生産委託の増加、そして老人介護施設向けの新規口座開設が売上増に寄与したかたちだ。
このうちとくに老人介護施設との口座開設は、営業部門だけではなく生産部門、物流部門が一丸となって成し遂げた成果であった。生産部門はその技術力を生かし、気管詰まりへの配慮、歯ごたえ、栄養価など、老人介護施設向け食品に特有の制約を一つひとつクリアして新商品を開発した。
物流面では、納品時の手洗い、白衣への着替え、納入商品の検温などの業務が新たに発生した。S社は自社での対応は困難と判断し、ここでは商物分離を選んだ。専業ベンダーとの協議を重ね、老人介護施設への納品作業を外部委託したのである。

こうしてS社のプロジェクトは確かな実を結ぼうとしている。これもS常務の経営手腕と言うべきなのだろう。
S常務は「営業の事は良くわからない」と自分の弱点を客観的に評価して、それを包み隠さず公言することで周囲を巻き込んでいった。その反面、自分が得意とするものづくりにおいては、自ら率先して組織を牽引することで、ニッチ戦略をいっそう強化しているのである。
老舗の暖簾はS常務なりのやり方でしっかりと受け継がれていくことになるだろう。