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第105回 事例で学ぶ現場改善:『雑貨メーカーB社のコスト競争力強化作戦』

外資系傘下の雑貨メーカーが、ガリバー企業との価格競争を余儀なくされた。生産の海外シフトだけでは、まだ足りない。物流コストにメスを入れる必要があった。海の向こうの親会社はそのために物流パートナーを選び直せという。しかし、長年の付き合いの協力会社を切るのはためらわれる。

ガリバー企業の厚い壁
B社は東京に本社を置く年商180億円の雑貨メーカーである。ニッチな嗜好品を中心に500余りのアイテムを取り扱っている。単価は安いが回転率の高い商品で、30%近いカテゴリーシェアを握る売れ筋商品も持っている。
販売エリアは全国に跨り、コンビニ、ディスカウンター、量販店、キヨスクなどに広く流通している。
元々、B社は準大手メーカーの商社部門という位置付けであったが、10年ほど前に外資に事業売却され、独立した会社として再スタートを切った。それと同時にメーカー機能を強化することとなり、中国、タイ、インドなどにOEM(相手先ブランドによる生産)工場を発掘していった。外資に売却されて以降も業績は順調に伸びた。
それまでは単調なパッケージデザインの製品が大半であったが、独立を機にデザインを一新。色遣いを工夫し、有名キャラクターを採用するなど、ファッション性を高め、また安心・安全に配慮した製品設計を進めることなどにより、消費者ニーズをつかんだ。
価格も抑えた。従来は国内の零細工場を下請けに使っていたが、それを東南アジアにシフトさせたことで製造コストが下がり、競争力のある価格を実現することができた。次第にB社は製品開発力に自信を深めていった。それが過信を招いてしまったのかも知れない。

2008年に大きな問題に直面することになったこの年、B社は既存製品に隣接するカテゴリーで新製品を発表した。しかし、その分野には90%近いシェアを握るガリバー企業が存在した。
案の定、B社の新製品は苦戦を強いられた。〝後発は価格〟というマーケティングの定石通り、安く売ることで市場への食い込みを図ったが、ガリバー企業の壁は厚かった。単純な生産の海外シフトだけではコスト競争で優位に立つことはできなかった。改めてB社はコストダウンの必要に迫られた。そこで白羽の矢を立てられたのが、物流であった。
そのサポート役を我々日本ロジファクトリー(NLF)が引き受けることになった。筆者は知人の紹介を受け、B社で営業を統括するY取締役との面談に赴いた。B社の現状をY取締役は次のように説明した。
「トータルでの流通コストを下げることが至上命題となっている。ところが、ウチには物流を知っているスタッフがいない。業務も委託先に丸投げしている状態だ。コストダウンといっても、正直なところどこから手を付けていけば良いかがわからない」
こうしてB社の改善がスタートした。
物流のムダを見つけ出すことに多くの時間をかける必要はなかった。B社が説明する物流フロー自体に大きな欠陥があった。
東南アジアから輸入された製品を、港湾地区でデバンニングし、物流センターに輸送。主に路線便を使用して全国の卸やチェーンストア本部などの顧客に納品する。返品は別のセンターで受け付けるというフローであった。
これに対して我々NLFは、コストダウンの施策を、すぐに着手すべきものと、ステップを踏んでから実施に移すべきものの二段階に整理して、次のように提案し、B社はこれを承認したのであった。

●第一ステージ
1.出荷センターと返品センターの統合
2.直送化による港倉庫の廃止
3.協力倉庫会社との料金体系の見直し、もしくはパートナーの見直し

●第二ステージ
4.商品入り数の変更
5.出荷路線会社の見直し
6.卸からの受注処理業務の時間短縮
7.梱包形態、方法の見直し

このうち「1.出荷センターと返品センターの統合」については、そもそもなぜ二つもセンターが必要だったのか、誰しも疑問に感じるところであろう。
聞いてみれば、元は出荷センターで返品も処理していたのだが、売り上げの増加に伴って手狭になった。しかし、施設に拡張の余地はなく、周辺に適当な物件も見つからなかったため、返品センターを別に設置するしかなかったのだという。
そこで今回、改めて新センターの設置を検討したところ、適地に条件を満たす倉庫が見つかり、統合が実現した。
これによって保管料を約27%削減することができた。さらには出荷センターと返品センター間で発生していた〝横持ち輸送〟が解消されたことで、B社の支払い運賃全体の約6%に当たる費用を節約できた。

既存の協力会社を切るか否か
「2.直送化による港倉庫の廃止」は、Y取締役が従来からムダを感じていたところだった。
従来は、中国、タイ、インドのOEM先から輸入した製品を、全ていったん東京港の倉庫に輸送し、そこでデバンニングして一時保管していた。
これを改め、港で陸揚げしたコンテナを物流センターまでドレージ輸送で直送するフローに変更した。
従来の出荷センターは住宅地に立地し、トレーラーが通るほどの道路幅がなかった。
またセンター内にトレーラーを着車させる敷地スペースもなかったために直送ができずにいた。
新センターの選定ではこの点も考慮し、トレーラーが出入りするのに必要なスペースを確保できることを条件に加えた。
ただし、新センターの設置に伴う一連の調整を、それまで物流パートナーを務めてきたP社に期待するのは無理があった。B社が必要としている提案力やそれを支える人材、システム化への対応といった点で、P社が力不足であるのは否定できそうになかった。
既存の物流パートナーが当てにできないとなると、もちろん我々NLFはサポートするものの、B社のプロジェクトチームは新拠点の選定、移管、立ち上げといった作業に自ら対応するほかない。
このことから、「3.協力倉庫会社との料金体系の見直し、もしくはパートナーの見直し」において後者を選択する動機が高まった。
プロジェクトチームのメンバーからは、拠点の移管にあたり、物流コンペを開催して新しいパートナーを探すべきだとの声が多く出た。
B社の株主である外資系企業も同じ意見だった。しかし、協力会社のP社とは長い付き合いで、これまで両社は共に成長してきたと言っても過言ではない関係にあった。しかもP社にとってB社は売上高の約半分を占める最大荷主。契約を打ち切られれば倒産する恐れがあった。
B社のトップは悩んだ末に、P社を切ることが企業倫理に反すると判断し、それを外資本社に再三説明して理解を得たのであった。
結局、コンペは開催されず、P社との取引を継続するかたちとはなったが、運賃体系の見直しは行った。
それまで保管料や関東周辺へのルート納品の運賃は固定費型になっていた。これを、保管パレット当たり料金、個建て運賃の従量制にそれぞれ移行した。

EDI化で路線便費用を削減
こうして第一ステップの改善が終了し、前述の通りのコスト削減を実現することができた。決して小さくない成果だったが、必要としている価格競争力を得るためには、まだ十分ではなかった。
プロジェクトチームは一息つく暇もなく次の第二ステップに進んだ。

「4.商品入り数の変更」には、多くの課題があった。現在の入り数、1箱30ピース(個)を1箱50ピース(個)に変更すれば、輸送効率や保管効率が大きく改善されることは分かっていた。しかし、それには商品マスターを修正しなければならない。
商品マスターは倉庫管理システム(WMS)や販売システムと紐付いている。それを変えるとなると、自社のシステムはもちろん、取引先との調整も必要になってくる。
シミュレーションの結果、多大な時間とコストがかかることが判明し、残念ながら施策の実施は保留となった。

「5.出荷路線会社の見直し」は、北海道、東北、中四国、九州などの遠距離の路線運賃を20%引き下げることを狙いとした。
既存の路線会社との取引は継続したままで、納品先情報をEDI化することで路線会社側で発生する送り状の発行作業を容易にし、そのコスト還元を求めた。結果として20%には届かなかったが、約15%の削減を実現できた。

「6.卸からの受注処理業務の時間短縮」も難しいテーマだった。一部の卸がFAXで送付してきた注文を処理するために多くの労力がかかっていた。これを自動化するために、デジタル発注に対するインセンティブ(値引き)を設定することにした。それと平行してFAX受注の処理方法を見直した。
それまでFAXで受けた注文は、入力後に本人がトリプルチェックを行っていた。これをダブルチェックに簡略化した。その代わりに、入力者が自分の入力をチェックするのを止め、他の入力者にチェックしてもらう、相互(たすき掛け)方式を採ることで精度を確保した。

「7.梱包形態、方法の見直し」は現在、トライアル中である。
梱包に使用する段ボールの厚みを一回り薄くし、三段の段積みに耐えられるかを検証している。
一連の改革によって削減したコストをB社は次の価格改定に反映させる計画だ。商品の値下げを行うのである。

物流改善の地道な努力がB社の競争力向上にどれだけ貢献できるのか、筆者は期待を持って見守っている。