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第108回 事例で学ぶ現場改善:『準大手路線会社A社の新分野参入』

業界最大手クラスとの格差が着実に広がっている。このままでは、じり貧になるばかりだ。強い危機感を覚えた準大手路線会社が新たな事業の柱を求めて新分野への参入に乗り出した。プロジェクトチームを組織、30億円もの投資を決意して、生き残りをかけた取り組みを進めている。

生き残りをかけて新分野に参入
路線会社A社は年商1000億円を超える準大手で、その社名は物流業界以外にも広く知られている。
国内はもちろん海外にまで事業を展開しているが、自社インフラは東日本がメーンとなっている。それだけに東日本大震災では大きな影響を受けた。改めて会社のあり方を見直す必要に迫られたのである。
これまでA社は利益率こそ低いものの、業界準大手として他社との大きな差別化要因がなくても何とか凌いできた。しかし、最大手クラスがじわじわとシェアを伸ばし、A社を含めた二番手グループとの格差は広がる一方である。このままでは、いずれ市場における立ち位置を失ってしまうと、A社の上層部は強い危機感を抱いていた。
生き残り策としてA社は、サービス対象分野を絞り込み、既存顧客を死守すると同時に、新しい事業の柱を構築しようと考えた。そのためのプロジェクトチームを組織した。メンバーは8人。統括部長をリーダーとして、専任の事務局担当のほか、営業・システム・企画の各担当、そして新規事業のオペレーションを担当する予定の三拠点の現場所長である。
我々日本ロジファクトリー(NLF)がA社から支援要請を受けたのは、プロジェクトが組織されて新規事業の大枠がほぼ固まった段階であった。
実際に事業化を進めるには社外の意見や他社事例が必要と判断し、我々がプロジェクトに参画することになったのである。事前打ち合せの段階で、A社が新たに参入する分野を聞かされた我々は、「この会社もそうか」と感じざるを得なかった。それほど現在の物流業界で新規参入の絶えない分野であった。
A社といえども、その激戦区で勝ち抜いていくには相当な覚悟が必要である。しかし、プロジェクトメンバーの顔触れを見て、一抹の不安を禁じ得なかった。
新規事業を立ち上げるうえで、最も重要なポイントは人材だと筆者は考えている。起業スピリットを持った人物、周囲の反対を押し切ってでも行動できる馬力のある人物をリーダーに選び、その行動の裏付けとなる十分な権限を与えない限り、社内ベンチャーは成功しない。メンバーのなかには残念ながらそうした人物は見当たらなかった。我々は人材発掘を常に念頭に置きながら、プロジェクトを支援することになった。
我々が事前に予想していた以上に、A社は準大手に相応しいインフラとオペレーションスキルを備えていた。
路線便のターミナルとは別に、保管型の汎用センターを全国数カ所に保有していた。そのなかには許可が必要な毒劇物倉庫、防塵倉庫、セキュリティ完備の倉庫なども含まれていた。各センターの床荷重、高さ、駐車場、トラックバースなどの基本スペックも充実したものであった。
オペレーションも十分に他社と勝負できるレベルであった。現場はあいさつ、「5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)」が徹底され、レイバーコントロールによる人員管理もうまく機能していた。流通加工型のセンター運営においても、また保管業務においても、著者の想像を超えるすばらしいスキルと管理状況であった。
A社のポテンシャルを確認した後、我々はプロジェクトメンバーに改めてヒアリングを行い、対象事業分野における既存荷主の有無や、自社の〝強み〟などを聞き出していった。
この作業は我々のような外部の人間のほうが適している。自社の〝強み〟は、社内にいる人間には、なかなか見つけにくいものだ。とりわけA社の場合は大半が新卒入社であるため、他社との比較が難しい。我々が彼等から情報を引き出し、強み・弱みを判断する必要があった。

先行他社との差別化戦略を立案
我々の3つ目のアクションは、当該分野における同業他社の参入状況と実績を把握することであった。
大手、中堅、中小を合わせ数多くの物流会社が当該市場に参入していた。中には株価維持やマスコミ向け話題づくりのために、いわゆるアドバルーンを上げているだけの会社も多かった。しかし、B社とC社は強敵だった。既にかなりの実績を上げていた。
A社が後発として参入するには、B社、C社とは異なる切り口でオンリーワンのサービスを提供する必要があった。一連の調査を終え、同業他社における参入状況の報告に基づいてプロジェクトメンバーとのブレーンストーミングを開始した。B社、C社との差別化ポイントは、そう簡単には見つからなかった。会議を何度も重ねたものの突破口を開けない。プロジェクトメンバーには次第に焦りが生じ、一時は参入断念のムードも漂っていた。良くない流れを変えるために、筆者はNLFから見たときのA社の強み・弱み、荷主からの評価・コメントなどを、雑談を交えてシャワーのようにメンバーたちに浴びせかけた。するとある現場所長が口を開いた。
「過去に×××のような業務を対応していたことがあります」という。それを受けて別の年配社員が「海外の××拠点では今でも△△の□□業務を対応している」と情報がつながってきた。そうして一つ仮説ができあがっていった。その仮説を基に検証のための質問を筆者がさらに投げかける。それにまたメンバーが応える。そんなやり取りを何度も繰り返すことで、A社の差別化戦略、オンリーワンサービスの設計図が出来上がっていった。作戦の1つは既存荷主に当該分野のクライアントを多く持つ海外現地法人からのアプローチである。発地となる海外で荷主を取り込み、日本国内への輸出分の保管、輸配送業務を狙う。
もう1つは中堅荷主へのアプローチである。B社、C社は今のところ当該分野の大手荷主のみを対象としている。そのため準大手以下が空いている。そこでA社は準大手から中堅にかけてをターゲットにすることで棲み分けるのである。
個別の案件の規模は小さくても数を集めようという作戦である。こうしてA社は新分野への参入の糸口をつかんだ。設定した事業ドメインと営業戦略には大半のメンバーが手応えを感じていた。
この後、プロジェクトは「①事業化のポイント」、「②実施項目と優先順位の決定」、「③役割分担の決定」、「④スケジュールの細分化」、「⑤事業計画書としての取り纏め」へとプロセスを進めていった。
「①事業化のポイント」としては、「提携」「M&A」「紹介」の3つが大きな柱だった。
新規事業に必要な全ての機能とリソースを自前で構築しようとすれば多大な時間と労力がかかってしまう。その間にも環境はどんどん変化する。外部の力を借りて、〝時間を買う〟ことが不可欠であった。
具体的には、情報システム、倉庫、ルート配送、海外からの輸入フォワーディングの各機能を「提携」によって担保することにした。
同時に当該分野における荷主の物流子会社の「M&A」も視野に入れることにした。また「紹介」は金融機関や我々のようなコンサルタントをパートナー候補として位置付けた。

「②実施項目と優先順位の決定」と「③役割分担の決定」のプロセスでは、計73に上る項目を抽出して、その優先順位を決め、それぞれの役割を定め、そこに部門長クラスの担当者を割り振っていった。

プロジェクトチームに売上予算
その後、プロジェクトリーダーを務める統括部長から報告があった。初年度はプロジェクトチーム自身が尖兵隊となって活動することになったという。初年度予算は売上高5億円である。2年目以降は専門部隊を発足させる計画だ。そのために30億円の投資を行うことで上層部の合意を得たとのことであった。この計画に筆者は当初、異論を唱えた。
専門部隊の設立を2年目に後ろ倒しにするのは、消極的過ぎると考えたのである。プロジェクトチームが動いて、ダメなら中止するという逃げ道を作ることになってしまう。そうしたスタンスで本当に起業スピリットを発揮することができるのか、疑問に思った。しかし、A社ほどの企業規模ともなれば、リスク管理が必要であることも理解できる。個人的な感覚に過ぎない口出しは却ってプロジェクトの足を引っ張ると考え、最終的には意見を取り下げた。
その一方で30億円もの投資にゴーサインが出たのは嬉しい誤算だった。拠点探しで荷主ニーズに合った物件がない場合に自社施設の建設という選択が可能になる。そうでなくても案件の受託が進めば、専門車両の購入、システム構築など、投資が必要になってくる。スペシャリストの確保や人材教育も不可欠だ。そうした予算を事前に確保できていれば、必要なタイミングで素早く動くことができる。それだけ成功が近付く。
こうしてA社のプロジェクトは第一フェーズを終えた。現在は海外現地法人との接触と現地入りによる既存荷主へのアプローチ、また「紹介」による営業活動によって、小さくても実績を作っていくことを重視して動いている。
A社のプロジェクトチームは「競争に勝つ最大の方法は〝競争しない〟ことだ」というスローガンを内部で掲げている。そのアプローチが正しいことを、いずれ証明してくれるだろう。ただし、大きな懸念も残っている。
筆者が新規事業の最大の成功要因に掲げる人材の問題である。誰がこの事業の先頭に立って歩を進めていくのか。まだ見えていない。
今のところ関連子会社の社長クラスやヘッドハンティングが検討されている。その点が定まらない限り筆者の不安が消えることはないだろう。