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第123回 事例で学ぶ現場改善:『先代社長が改革の抵抗勢力に』

地方の老舗卸の三代目が物流改革に乗り出した。自社運営の物流センターが狭隘化したのを機に、物流のあり方をゼロベースで見直すことにした。
資産売却やリストラも辞さず、合理的な判断を下す覚悟だった。ところがそこに先代社長で実父の現会長から横やりが入った。

営業所に近過ぎる拠点の問題点
E社は九州を商圏とする老舗の金物卸である。地方卸としては中堅レベルで、年商は約八〇億円。本社を含め三カ所に営業所を置いている。最近では通販事業にも参入し、まだ売上規模は小さいものの九州圏以外の金物店やプロ志向のエンドユーザーにも販路を拡大している。取り扱いアイテム数は約一万二〇〇〇。本社の隣接地に物流センターを構えて自社で運営している。
E社は三〇年以上も前に商物分離を実施している。業種・業態を越え九州における商物分離の先駆けであったとされる。それ以降、営業マンが商品を乗せた車両を運転して小売店を回るという伝統的なルート営業は行っていない。
その間に金物の小売業態は中小規模の路面店からホームセンター(HC)へのシフトが進んだ。E社の商物分離はこれとうまくマッチした。主要販売先だった路面店の減少をHC向け業務の拡大で補うかたちで、微増ながらも売り上げを伸ばしてきた。HC向けの売上構成比は年々増え続け、今では全体の四分の三を占めるまでになっている。
これに伴いE社の役割は、メーカーの販売と与信管理機能を代行する伝統的な卸から、HCの調達物流を担うベンダーへと変化してきた。HCのように取扱い品目が多く、売り手(供給側)に中小のメーカーや商社、一次卸等が多数存在する業種では、E社のような地方卸が流通の〝まとめ役〟としていまだ一定の役割を果たしているのである。
そんなE社の三代目経営者に当たるM社長から、我々日本ロジファクトリー(NLF)に直接コンタクトがあった。物流センターの移転問題を含め、物流のあるべき姿を提示してほしいとの依頼であった。これまで物流センターの継ぎ足し的な増築で物量の増加に対応してきたが、いよいよそれが限界に来ているという。
それから一〇日後、E社を訪問した。M社長との面談、関係者へのヒアリング、現場視察がその目的である。テーマによっては最初に現場視察を行い、その後に面談およびヒアリングという初回対応を取ることもあるが、今回はトップの考えありきの改革ということで、まず社長室で話を聞くことになった。
一時間ほどの面談で分かったM社長の悩みは、大きく以下の四つであった。

①センターの自社運営を続けるべきか、外注化すべきか
②センター移転先の選定
③センター移転後の旧物件の活用法
④センター運営における業務品質の向上

「①センターの自社運営を続けるべきか、外注化すべきか」を検討するには、その前提としてM社長に確認しておかなければならないことがあった。外注化した場合、既存の物流センター従業員・パートの雇用をどうするかという点である。
具体的には「雇用維持」、「委託先との調整次第」、「雇用を維持する考えはない」という三つの選択肢がある。地方の老舗企業となると大半の経営者が「雇用維持」を選ぶ。
ところがM社長の考えは「委託先との調整次第」であった。これは我々としては意外であった。老舗の三代目ながらM社長は合理的かつドライな考え方を持っていたのである。
続いて外注化によるコストメリットの算出である。ただし、これには現状のトータル物流コストの算出と、現場のパートスタッフのスキル(コストシミュレーションには現れない習熟性という財産)のチェックが不可欠で、一定の工数が掛かる。

「②センター移転先の選定」については、まず大前提としてセンターの自社所有は得策ではないことを伝えた。納品先の変化によって最適な物流拠点の立地は変化する。そのため物流拠点として利用する以外に使い道がないような土地・建物を自前で所有することは避けるべきだと説明した。M社長はこれに納得した様子であった。
そして筆者の経験から、本社や営業所に近過ぎる場所にセンターを置くのは避けるようにアドバイスした。営業マンを甘やかすことになってしまうからである。安易な追加注文や、発注ミス、取り置きなどを招く。その結果として、物流コストがいたずらに増えるだけでなく、営業力そのものが低下してしまう。
逆に遠過ぎると今度は管理に支障を来す。本社の物流管理スタッフやシステム部隊の活動を阻害してしまう。そのため地方であれば本社から車で三〇〜四〇分程度の距離、関東・関西などの都市部であれば約六〇分の距離が目安になると我々はアドバイスしている。

コスト重視で自社運営を選択
「③センター移転後の旧物件の活用法」は、この手の案件では常に直面する問題である。
売却する以外には、委託先企業(物流会社)に借りてもらう、自社もしくは関連会社や仕入先などの集約拠点として活用する、機会ロスは出るがそのままにしておく等の対策が取られる。
E社の場合、老朽化が進んでいるために建物は取り壊し、一部を本社用の駐車場として利用するほかは、有効な活用法が出てくるまで、コインパーキングとして一時利用するという案が挙がった。ほぼ市内に位置し、交通量も多い場所であるため現実的であった。

「④センター運営における業務品質の向上」はE社にとってハードルの高いテーマであった。物流センターは社員六人、パート延べ一一五人という陣容で運営されていた。パート比率が高く、かつ時給単価も割安であるため、コスト効率に大きな問題は見られなかった。
ただし、作業品質に関しては、それを管理し、向上させる体制が全く整っていなかった。主要な得意先からは納品率(納品総行数/発注総行数)九七%以上というサービスレベルを最低ラインとして要求されていた。しかし、E社の実績は年間平均で九五・四%。九四%を割込んでいる月さえあった。現場をざっと見た限りでも、作業ミスを誘因する以下のような様々な問題点が目についた。

●全在庫の三割強にも上る滞留在庫
●循環棚卸しの精度低下による在庫差異の増大
●メーカー欠品に対する改善要求への未着手
●棚番地およびロケーションの不備による入庫間違い
●ハンディターミナルによるスキャン作業が部分的にしか導入されていない。
そのため〝思い込みピッキング〟や〝あるだろう検品〟が多発している

外部の物流会社に運営を委託すれば、すぐに作業品質が向上するのは明らかだった。例えHC関連のセンター運営に実績のない物流会社であっても、当たり前のことを当たり前にやれる会社であれば、現状の自社運営よりずっとましだろう。ただし、外部委託によってコストは上がる可能性が高かった。
実際、M社長は我々NLFにコンサルティングを依頼する以前に、近隣の物流会社二社から外部委託の見積りを取っていたが、その費用は現状のコストをはるかに上回っていたという。
しかも、二社の見積りはいずれも改善活動による人員削減を前提としていたため、見積り通りの費用で運営できるという保証もなかった。
E社は卸として安定した経営を続けてきたが、その営業利益率は三%にも満たない。コストアップは是が非でも回避しなければならないところだった。
結局、E社はセンター移転後も自社運営を継続し、作業品質の改善にも先に挙げた課題を一つひとつ潰していくかたちで我々NLFとともに自力で取り組むことになった。従って移転先となる拠点は倉庫会社もしくは物流会社から借庫し、配送業務の一部を委託する条件で物件を探すことになった。
この方針に基づき、我々NLFは詳細な改善実施項目を抽出し、それに優先順位を付け、スケジューリングを行い、現場改善に着手した。それと並行して移管先候補物件のリストアップを進めたのである。

二代目が三代目に“待った”
それから約一カ月が過ぎようとしていた。突然、M社長からプロジェクトを中止するとの連絡が入った。取締役会で承認が下りなかったという。実の父親である会長が、今回の取り組みに反対した。自分の目の黒いうちは本社に隣接した現在の建物を残しておきたかったようで、「物流拠点の移転はせずに何とかやり繰りして、既存施設でできる方法を考えろ」とのことであった。
会長とM社長との確執は今回始まったことではなかった。それまでも互いに意見の相いれないことがしばしばあり、その度に幹部以下社員たちはどちらの考えに従って動くべきか、右往左往させられていた。
M社長は父親を継いでトップに就く以上、権限も委譲されて大抵の事柄は自分が最終決定権者になると考えていた。ところが、いざ三代目に就任してみると、むしろ専務時代よりも父親とぶつかる場面が増えてしまった。今回の件でもM社長はいくどか会長の説得を試みた。
しかし頑として聞き入れてもらえなかった。むしろ火に油を注ぐことになってしまった。
こうしてプロジェクトは暗礁に乗り上げた。その後、番頭役が会長をなだめるかたちで間に入った。そして会長が納得するところまではいかないまでも、M社長の方針に口を挟まなくなるまでに約三カ月掛かった。
大切な時間を浪費してしまったが現在、プロジェクトは再スタートを切っている。ロケーション、レイアウトに関しては、新しく移管する建物の大きさや形状に影響を受けるため移管後のテーマとして、現在は棚卸し方法の変更、少人数で検品を徹底するための「たすき掛け検品」の導入、入荷から出荷までの作業フローとタイムスケジュールの再設計、人員配置の見直しなど、主に作業に軸足を置いた改善に取り組んでいる。
現場のベテランパートたちは改善活動に必ずしも協力的ではない。自分たちで試行錯誤して作り上げた作業方法や作業手順に少なからず自負を持っているため、それを変更しようとすることには抵抗を示す。
そのためリーダー格のパートに個人面談を行い、改善活動の背景と理由、目的をしっかりと伝え、我々NLFとE社の考えを理解させる説明の場を頻繁に設けている。プロジェクトはまだ序盤戦にすぎないが、今のところM社長の意向の下、取り組みは順調に進んでいると言っていいだろう。
E社のように、周囲の誰もが認める後継者が存在するにもかかわらず、事業承継と権限委譲がうまくいかないクライアント先は決して珍しくない。上場企業も例外ではない。

〝失われた二〇年〟とも言われるほど、低調な経済環境が続いたため、安心して後継者にバトンタッチできるタイミングがなかったこともあるのだろうが、主な原因はやはり先代である。
気力、体力とも衰えていないため、いったんは任せたつもりでも、息子(社長)の経営が甘く、頼りなく見えてしまう。あるいは、体力的に衰えが来ているにもかかわらず、実権を手放そうとしない。そこに親子の愛憎まで絡んでくるだけにやっかいだ。残念ながら、我々もこの問題については今のところ決定的なソリューションを見出せていない。