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第164回 事例で学ぶ現場改善:『雑貨卸J社の物流内製化プロジェクト』

アパレル雑貨卸が大手3PL事業者に委託している物流業務を内製化したいという。 委託費用が高くなり過ぎて経営が圧迫されるようになったからだ。過去に自社運営の 時代もあったので何とかなるだろうという考えだった。しかし、3PLへの〝丸投げ〟 に伴い物流に関する知見やノウハウは消失していた。

大手3PLへの委託を打ち切り
J社は年商約30億円のアパレル雑貨卸である。本社を関東に置き、百貨店、専門店、セレクトショップ、通販などに商品を卸している。取扱アイテム数は約7500でその数は年々増加する傾向にある。卸売りの他にJ社自身でも通販サイトを立ち上げているが、同社の売り上げ全体の1割に満たないレベルで、主軸のチャネルには育ってはいない。
物流拠点は首都圏郊外の1カ所から全国に出荷している。大手物流会社P社が所有する倉庫の一部を賃貸し、庫内作業もP社に委託している。その体制をJ社の自社運営に切り替えたいというのが、今回のテーマであった。J社のK社長から直接われわれ日本ロジファクトリー(NLF)にコンタクトがあった。
数日後にJ社へ出向いて、K社長と話し合いの場を持った。K社長はJ社創業者の2代目であった。物流の内製化を検討するようになったのは、支払物流費が高く経営が圧迫されていることに加え、P社への委託はP社側システム(WMS)の利用を前提としておりJ社の販売システムとの連結が難しいこと、またP社が大手企業でJ社のような中小荷主から見ると融通が利かないことが理由であった。
偶然かもしれないが、われわれNLFはJ社の他にも、P社への業務委託から撤退したいという相談をこのところ立て続けに受けている。P社の内部で何か変化があったのだろうか。営業戦略を大きく転換しようとしているのか、あるいは社内に混乱があるのかもしれない。
そしてP社から撤退したいと相談してきた全ての荷主が物流の自社化を志向している。これも偶然では片付けられないだろう。P社の管理費が割高だという話は以前から聞いていたが、恐らくP社に限った話ではなく、物流アウトソーシングの効果自体に疑問を感じている荷主が増えているようだ。
今や物流会社はドライバーや庫内作業員の人手不足による人件費のコストアップ分を荷主にきっちり請求するようになっている。これを荷主から見た場合、費用の増加に見合った付加価値の向上、例えば「誤出荷が減った」「在庫差異がなくなった」などがあればまだ我慢できても、品質の改善要望には全く応えられないまま、値上げだけを突き付けられるというのでは、当然ながら満足度は下がっていく。「いっそのこと自分でやろう」と考えるのも当然であろう。
とはいえ、J社側にも課題や落ち度はあった。そもそもJ社の事業規模は外注化によってメリットが出るボリュームに達していなかった。それなのに外注に踏み切った上、協力物流会社の選定でもミスをした。J社の規模に見合った、中堅中小の物流会社に委託すべきであった。大手のP社とのミスマッチは明らかだった。
このような背景の下、J社の物流内製化プロジェクトがスタートした。P社との契約期間は翌年3月末に更新を迎える。移管まで約6カ月余りしかない。どうにも短い。
そこで今回われわれは現場見学とヒアリングによる現状把握と並行して、活動テーマを次のように整理した。

①移管スケジュールの作成
②社内物流人事の検討
③新センター施設の選定
④運営組織の設計
⑤P社との契約延長手続き
⑥作業指示書と運用マニュアルの刷新
⑦「納品カルテ」の刷新
⑧ロケーション、レイアウトの作成
⑨後継WMSの検討

①「移管スケジュール」については、NLFがこれまでに扱った拠点の移管・立ち上げ案件からJ社の状況に近いものをピックアップした上で、J社の状況に合わせてカスタマイズするやり方で作成していった。
単に拠点を移転するだけでなく、同時に運営を自社化するとなると、準備すべき項目は膨大な数になる。それも移管日が近づくに連れて項目が細かくなっていき、管理に人手を割かれる。プロジェクトメンバーの面子も確定していない状況で、6カ月後に移管するというのはあまりにも危険であった。そこからさらに6カ月、合計1年は必要だった。
P社との業務委託契約は、事前にJ社側から契約終了の申し入れをしない限り、2年ごとに自動更新される取り決めだ。しかし2年後の更新まで待つわけにもいかない。そこでP社に対し、契約は終了するが移管期間として6カ月の延長を要請することにした。
つまり翌9月末の契約打ち切りを打診することにした。
虫の良い話かもしれないが、P社としてもJ社の後釜を探すにはそれなりの時間が必要だろう。スペースを空けたままにしておくよりもましと考えてくれるかもしれない。
ただし、たとえ6カ月の延長を認めてくれたとしても、契約打ち切りを前提とする以上、業務の引き継ぎをはじめ移管への協力は期待できないことは覚悟しておく必要があった。

3代目の若手部長をリーダーに
②「社内物流人事の検討」は、今回のプロジェクトリーダーとして登用し、内製化後には物流管責任者を務めることになる人材を探す作業のことである。社内に物流経験者は2人いた。1人はJ社がP社に業務を委託する以前の、自社物流時代に現場へ配属されていた年配者だ。もう1人は他業界で物流部門経験のある中途採用の社員だったが、いずれも〝帯に短し、たすきに長し〟で適任とはいえなかった。
そこで、筆者は別の人物に白羽の矢を立てた。K社長の実子のC部長である。38歳と若く、J社に入る前は、物流に力を入れていることで知られる大手日雑卸で修業していた。
K社長の了承を得て、C部長と2人の物流経験者による混成チームを組織した。
③「新センター施設の選定」は、本社から車で60分、最大でも90分以内の距離を条件とした。百貨店への納品があり、アパレル雑貨を取り扱っていることから、J社の営業部や商品部のスタッフが現品確認や仕様決めのために物流センターに立ち寄ることも多い点を考慮した。
J社の納品先をマッピングして最適な拠点エリアを抽出する「着地点分析」を実施したところ、埼玉県の東部エリアが最も望ましいという結果が出た。皮肉にも既存のP社のセンターはそのエリアにある。立地から見れば理想的だったわけだ。物件がなかなか見つからないエリアであり、物件探しに時間をかけている余裕もなかった。
さてどうしようかと思案していたところ、筆者に妙案がひらめいた。そのエリアから高速道路で10分とかからない場所に、NLFとネットワークを組んでいる物流会社の大型センターが完成したばかりであった。アパレルに強いその会社の専務は〝場所貸し〟だけでは物足りない様子であったが、配送は料金が合えばお願いする可能性が高いことを伝えると750坪なら用意できると返事をくれた。しかもP社のセンターの近隣ながら坪当たり賃料はそれまでより800円も安価であった。
④「運営組織の設計」については、K社長が息子のC部長をこの機会に物流担当役員へ昇格させ、物流内製化に関する運営全般の責任と権限を与えた。残りのプロジェクトメンバー2人の処遇は未定であったが、J社に転職する前の会社で物流を経験していた方のメンバーをセンター長に据えたらどうかと、筆者からK社長および部長から昇格したC役員に伝えた。
こうして担当役員、センター長が決定し、その他はどのような体制を取るべきか、各工程で必要とする人数を算出した。作業スタッフはパートタイマーとアルバイトの直接雇用、不足分は人材派遣で対応することにしたが、ラインを管理する正社員スタッフが他に2人は必要だった。経験者を中途採用することにした。
⑤「P社との契約延長手続き」は、難航することも覚悟していたが、意外にもすんなりと応じてもらえた。P社の窓口担当者は「出て行かれるのは困る。投資分で回収できていないものがある」とぼやいていたが、まんざらうそでもなさそうであった。万が一のトラブルを防ぐため、すぐに契約書を作り直して6カ月の延長を書面化した。
P社が使用している⑥「作業指示書や運用マニュアル」は、提供はもちろん、見せてもらうことさえできなかった。J社が〝過去の荷主〟となった以上は仕方がない。J社の自社物流時代の資料を引っ張り出してたたき台に使うのと同時に、プロジェクトメンバーが足しげくP社の現場に通い、実作業を見学して細部を確認し、新しい作業指示書と運用マニュアルを作り込んでいった。NLFが理想とする〝誰もが分かる、誰もができる〟現場運営を目指し、原票添付や画像挿入などのビジュアル面には特に力を入れた。
各納品先の注意事項や納品条件をまとめた⑦「納品カルテ」は、P社が配送を再委託している路線会社が協力的かつ有益な情報を提供してくれた。それをベースにJ社で管理している商流情報を加えて、より有効で正確な情報を納品伝票や送り状に反映させた。
⑧「ロケーション、レイアウトの作成」は、定番ともいえるテーマである。J社の場合、ピース出荷はなくケース出荷のみであったが、色・サイズの展開があるためSKUレベルでの棚管理が不可欠であった。ブランド別のABC分析とカテゴリー別のABC分析に基づいて基本ロケーションを作成したが、定番品の割合が低く改廃アイテムが多いこと、またアパレル雑貨の特性として春夏物と秋冬物の衣替えの際に大幅なレイアウトの変更が必要となることなどから、固定ロケーションを適用できるのは全体の3分の1程
度となり、残りはフリーロケーションでの運営となった。

内製化を甘く見るな
⑨「後継WMSの検討」は筆者が最も懸念していたテーマだった。これまでJ社はP社のWMSを使用していたが、解約により今後は使えなくなる。7500アイテムをアナログでさばこうとすれば、在庫精度や誤出荷など、物流品質の大幅な低下が避けられない。新しいWMSを導入する必要があった。しかし、K社長に「金が掛かるので今回は見送る」と言われてしまったら、打てる手はかなり限られてくる。
これは杞憂であった。K社長ははなから投資を覚悟していた。新しいWMSとJ社の販売管理システムと連携させるつもりであった。アパレル関連に比較的強いE社のパッケージシステムをカスタマイズすることで合意が得られた。われわれはほっと胸をなで下ろした。
こうしてプロジェクトは進んでいった。スケジュール通りに移管できるかどうかはシステム開発と人材確保がキーであった。システム開発は必要とする機能の見直し(削除)とプログラマーの頑張りでかなりの時間を短縮できたが、トライアルで不具合が見つかって結果的にはプラスマイナスゼロであった。
外部人材は中途採用の正社員2人を、研修期間を考えると稼働4カ月前には採用したいところであったが、募集を掛けてもなかなか応募がない。八方手を尽くして、最終的にはC役員の知人からの紹介と、NLFから物流会社OBを紹介して何とか確保した。
こうして9月1日に稼働したセンターは現在、安定軌道化の時期に入っている。目下はレーバーコントロールの精度向上、センター内掲示物のビジュアル強化、マテハン(ハンドリフト、かご車、ドーリー)の有効利用に注力している。
物流を内製化していく過程で、J社は単に物流業務だけでなく、その背景となるさまざまな環境整備や準備作業もP社に依存していたことを思い知らされたようである。丸投げしていても現場が回っている限り、そうしたことになかなか気付かないものだ。J社の場合は何とか事なきを得たが、内製化を甘く考え過ぎると痛い目に遭うことも最後に指摘しておきたい。