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第165回 事例で学ぶ現場改善:『水産卸H社の商物分離プロジェクト』

営業担当が自分でトラックのハンドルを握り、納品業務の合間にセールス活動を行ってい た。商物分離によって営業担当を物流業務から解放し、販売力を強化したいと社長は考えた。しかし、卸売市場と同様に、物流業もまた深刻な人手不足に陥っていることを理解していなかった。

アウトソーシングでは解決しない
H社は年商約20億円の水産卸である。卸市場の構内に店舗兼在庫センターを構え、その2階に本社事務所を置いている。卸市場や他のルートから調達した商品を在庫センターで仕分けて、自社便で食品スーパーや外食チェーンのセンター、店舗に納品している。店舗は主に単独専門店や個人商店向けで、事前に注文した商品を客が自分で店まで引き取りに来るケースと、店頭に並べた商品から選んで仕入れ、そのまま持ち帰るケースの2つのパターンがある。
H社の売り上げは増加傾向にあり、同社の2代目となるK社長の意気は盛んだ。さらなる成長を目指し、「営業担当者の物流業務を減らし、本来の営業活動にもっと集中させたい。
将来的には物流業務をアウトソーシングしたい」と言う。それを実行に移すため、われわれ日本ロジファクトリー(NLF)にK社長が直接コンタクトを取ってきた。
H社の物流回りの陣容は、受注、仕分け、ピッキング、配送を担当しているスタッフがアルバイトを含めて計8人という体制だが、営業担当の6人もそれぞれ自分でトラックを運転し、担当する顧客に納品している。その商物を分離して営業力を強化したいというK社長の考えは、筆者から見ても妥当かつ正論であった。
しかし、そう簡単なことではなかった。H社の現場は朝が早い。物流スタッフを募集しても、このご時世では人の確保は容易ではないだろう。また増員できるとしても、せいぜい1人2人であり、基本的には現在の人員の中で役割分担を見直して商物を分け、営業担当者と物流担当者がそれぞれ仕事の付加価値を高めていかなくてはならない。
営業の6人は販売チャネル別に担当割りされていたが、そのうち何人かを物流専門に回す必要が出てくる。結果として、営業力を強化するつもりが逆に営業力を低下させてしまうことが懸念された。しかし、NLFのスタッフが営業担当の配送車両に横乗りし、業務日報を精査して現状を調査したところ、営業担当が純粋に営業活動を行っているのは勤務時間全体の4割前後にすぎず、残りは配送と納品業務に時間を取られていることが分かった。
そのことをK社長に報告したが、それでも営業力低下への不安は払拭できない様子だった。そこで将来ビジョンとして挙がっていた物流業務のアウトソーシングを前倒しで実施することを検討した。NLFのネットワーク先の物流会社数社に声を掛けた。しかし、どの物流会社も提案内容は同じであった。配送する商品をH社の店舗兼在庫センターからいったん物流会社の拠点に移し、そこから他の会社の荷物と積み合わせて共配するというプランである。
一昔前であれば、専用車両の持ち込み、あるいはH社の既存車両を使用してドライバーだけ派遣するという提案もあったところだろう。しかし、今はドライバーが不足しており、仮に対応できたとしても物流会社にとってうまみのない仕事になってしまう。さらにはドライバーの労務管理に対する監視の目が厳しくなる中、出先(H社)の業務は管理が行き届かないため、コンプライアンス上の問題からも敬遠される傾向がある。かつてのような対応が困難になってきているのである。
K社長はこの結果にショックを受けたようであった。仮にH社の現行勢力で商物分離が難しい場合でも、アウトソーシングしてしまえば問題は解決できるだろうと踏んでいた。ところが人手不足は水産卸だけでなく物流会社も同じだったわけだ。また、配送する在庫をいったん物流会社の拠点に移すという提案の内容自体も、H社は店舗販売分と配送納品分の在庫を明確に区分しているわけではないため不向きであった。
このような状況を受け、われわれはあらためて自力での商物分離に立ち返り、課題を整理し、次の内容を進めることになった。

①営業担当と物流担当の区分
②物流人員の採用
③作業のマニュアル化
④配送ルートの構築
⑤納品カルテの作成
⑥営業活動の見直し

①「営業担当と物流担当の区分」は、現状の「営業6人・物流8人」という体制を「営業4人・物流10人」に再編し、さらに物流担当を2人増員することにした。また、営業担当4人はトラックを使用せず、チェーン本部対応の2人は公共交通機関での移動、残る2人は軽自動車のバンを使用することにした。営業担当から物流担当に異動させる人選は営業部長と話し合い、個人予算の大小、営業担当としての適正と将来性などを考慮して決定した。

既存スタッフの紹介で人材確保
②「物流人員の採用」は難航が予想された。H社は過去に2回、求人媒体に広告を出した経験があるだけで、本格的な募集活動を行ったことがなかった。そこで社内紹介制度の導入、市場内の共同募集、同業者からの紹介の3つを並行して進め、それでも確保できない場合は当面派遣会社を使うつもりで取り組んだ。
このうち同業者からの紹介は「うちも人手が集まらない」と異口同音の返事だった。時給は1500円以上と安くはないが、それでも地域柄あるいは仕事柄、なかなか応募がない。とはいえ今回H社が募集するのはたった2人である。工夫と足を使えば何とかなるだろうと見ていた。
募集活動を開始してから3週間後に、H社でアルバイトしている若手の女性スタッフから「兄とその友達が仕事を探している」という情報が入った。早速、面接に来てもらうことにした。
K社長が面接に当たった。面接に来た2人は土木作業に従事していた。しかし、今の現場が完了するとその先は仕事が決まっていないという。そんな時に妹からH社の話を聞いて興味を持った、とのことだった。こうして2人が一度に決まった。後は定着に向けて新人の世話役を決め、焦らずに仕事を覚えてもらえばいい。
③「作業のマニュアル化」は、仕分けとピッキングが当面の対象である。物流業界と同様に卸市場にも特有の言い回しや習慣がある。商品の入った発泡スチロールに暗合のような仕分け記号が使われていたりする。部外者にはとても理解できない。
これをNLFがモットーとする「誰もが〝分かり〟、誰もが〝できる〟」現場に変えていく必要がある。近い将来、外国人労働力に依存しなければならなくなることも考慮して、まずは使用する記号を可能な限りアルファベットに変えて、個々の作業のマニュアル化を進めている。
④「配送ルートの構築」は、ほぼ白紙の状態からのスタートであった。従来、営業担当は配送・納品の合い間に営業活動を行っている状態であったため、配送効率という概念自体がなかった。納品の優先順位もチルド対応を除くと、自分が好きな得意先の重要人物と話ができる時間を優先してルートを組む傾向があった。
客が「欲しい時に、欲しい商品を、欲しい数だけ」届けられる仕組みを目指し、配送専用車両の導入に伴い、あらためて得意先ごとの納品時間帯を設定した。納品先を方面別で5つに区分して、各納品先の平均納品量と納品方法、例えば有人納品か無人の冷蔵庫納品か、それともいけすへの活魚納品かなどを考慮し、車両タイプと配送順位を決定していった。
遠方コースは1回転、近場は基本2回転とし、冷凍品や在庫残の追加注文にも対応できるようにコースを組み上げた。
⑤「納品カルテ」とは、納品に必要な情報を納品先別に整理したカードで、配送ドライバーの業務をサポートするためのツールである(左図)。その狙いもはやり「誰もが〝分かる〟、誰もが〝できる〟」である。納品手順および確認作業と入力作業を明示することが作成のポイントだ。やや時間を要する作業になったが、営業にも協力してもらい、一つ一つ作り上げた。

図 「納品カルテ」でドライバーをサポート
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最新の在庫情報をLINEで送信
⑥「営業活動の見直し」には、H社の社運が懸かっているといっても過言ではない。今までのいわゆる〝御用聞き〟営業から提案型営業への脱皮を図っている。それも、お薦め商品を単に紹介するだけでなく、顧客から求められた魚を営業担当があらゆるルートを駆使して調達し、なおかつ欠品を起こさないこと、さらに冷凍品以外は営業担当が在庫責任を持ち、全て売り切ることを目指している。
その支援ツールとして、無料対話アプリの「LINE」を使って、店舗から営業担当のスマートフォンに最新の在庫情報を伝える体制を整えた。店舗の販売端号が「常連のAさんは、いつもタイ2匹は持っていくのに今日は要らないって。余っています」と打ち込むと、それを受信した営業担当が「B寿司でタイ2匹、買ってもらいました!」と反応し、売りさばくといった具合である。それと同様に店に引き取りに来る得意先にもLINEで最新の在庫情報を発信している。
営業活動のレベルアップには、営業担当の魚介類に関する知識を向上することも不可欠であった。
そこでH社の社員が順番に講師を務め、それぞれの知識を披露する勉強会を月に1度開催することにした。
バイヤーが講師となることが多いが、時には営業担当がすご腕料理人から聞いてきた調理方法を紹介したりと、盛り上がっている。この勉強会をきっかけに、H社オリジナルのレシピ本を作ろうというアイデアが生まれ、現在若手を中心に取り組んでいる。

こうした営業担当の提案力は、定番品の安定供給と価格が重視されるチェーン本部相手の商売ではなかなか効果を発揮するのが難しいものの、専門店では好評であった。実際、専門店チャネルの売り上げは増加する傾向にある。
こうして水産卸H社は商物分離を実施し、営業活動の付加価値向上に力を入れ始めた。
一連の活動を通じて、卸市場の人手不足は物流業界と比べてもより深刻であるように筆者には感じた。
H社は次のステップで、車両別原価管理と配送コスト削減に取り組む計画である。