本社併設の自社運営センターが狭隘化して周辺に4カ所の営業倉庫を借りていた。それでもスペースが足りない。一方で庫内人件費や運送費は上昇を続けている。経営トップが自らリーダーとなってプロジェクトチームを組織した。物流コンペを開催して拠点網を再編することになった。
自社運営のセンターが狭隘化
S社は年商約90億円のカー用品卸である。関東の本社の他に、北海道、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡の6カ所に販社を置いて全国をカバーしている。物流拠点は本社併設の物流センターとその周辺の4カ所に外部倉庫を借りている。また福岡の販社も倉庫を併設している。
S社は卸ではあるが自社企画のPB製品を持ち、過去にはカー用品メーカーを買収している。同じ中間流通と言っても、二次卸のような小売りに近い「川下型卸」と、S社のような「川上型卸」では、必要とする物流機能がかなり異なる。川下型卸は小売りに対するベンダー機能の強化や納品(条件)などが主要なテーマであり、管理者の意識もそこに注がれる。一方、S社の場合はメーカーに近い物流の考え方をしており、海外生産品を含めた調達を強く意識している。
卸に求められる機能は大きく五つある。⑴ロット調整、⑵ファイナンス機能(まとめ買い代行)、⑶品揃え、⑷リテールサポート、⑸物流である。卸が生き残るためには⑸物流の他にもうひとつ、強みとする機能を持たなければならない。そうでなければ存続は厳しいと筆者は考えている
話をS社に戻そう。S社の物流課題は、自社運営している物流センターのスペース不足、非効率な拠点配置、BtoB配送とBtoC配送の混在、人件費・運賃の高騰であった。またグループ企業との物流の統合も検討していた。
そこで2代目の現社長をリーダーに、役員クラスが参加するトップダウン型のプロジェクトチームを組織した。われわれ日本ロジファクトリー(NLF)がプロジェクトを支援することになった。
改革のバックボーンが明確であっため、必要な対策は明らかであった。物流拠点の再配置、センター運営の最適化、3PL導入の三つである。S社はすぐにこれに合意して、われわれNLFが以下の具体的なアクションプランに落とし込んだ。
①着地点分析
②物流拠点の集約
③在庫の定義付け
④物流パートナーの選定
⑤提案依頼書(RFP)作成
⑥「物流事業者評価表」の活用
①着地点分析とは、納品先の分布と物量の実績データから物流拠点の最適立地を抽出する作業である。われわれNLFのコンサルティング案件では毎回のようにこれを行っている。
一般に卸売業はメーカーと比べて地域密着の度合いが強い。中小規模になるほどその傾向は顕著に表れる。S社も同様であった。全国展開は行っているものの本社を置く関東の売上比率が50%以上に達していた。
分析の結果、現在の関東拠点を北に約30キロメートル、福岡拠点を東に約120キロメートル移した場所がS社にとっての最適立地であった。あとは3PL事業者が要件を満たす拠点を用意できるかどうかであった。
②物流拠点の集約は、4カ所に分散している外部倉庫を新センターにまとめることで横持ち輸送を解消して作業生産性を向上することが狙いである。
ただし、横持ち輸送については四つの外部倉庫がいずれも物流センターから車で15分圏内に点在していたため、運賃の削減効果は限られていた。自社ドライバー1名の人件費と自社車両1tバン車の車両費が不要になる程度であった。
しかし、拠点の集約による生産性の向上には大きな手応えがあった。現状の外部倉庫はいずれも天井が低く多層階であった。新センターで重量ラックや、ネステナーを使ったパレット3段積みの保管をすれば、それだけでも総延床面積を約3割削減できる。さらに在庫削減によって、保管効率が向上しようという算段である。
③在庫の定義付けとは、デッドストック(死蔵在庫)、スリーピングストック(滞留在庫)を明確に定義することである。在庫の見える化(可視化)と在庫の適正化に対する社内の意識を醸成することがその目的である。
そもそもS社は在庫管理が得意ではなかった。適正在庫、発注点管理が機能しておらず、出荷頻度のABC分析など在庫のランク付けなども行っていなかった。さらにコロナ禍に入って調達先のメーカーの生産が停滞して欠品が常態化していた。
メーカーの中にはS社の注文品よりも利幅が大きい輸出品を優先するところもあった。S社もM&Aしたメーカー品と自社ブランド品で応戦したものの、有力ブランド(メーカー)品の売り上げをカバーするには至っていなかった。
④物流パートナーの選定について、S社の経営陣は同業他社から同分野で実績のある物流会社A社とB社の情報を入手しており、既に両社のセンター視察や打ち合わせも行っていた。しかし「他にどのような会社があるか分からない」などの声が上がり、正式にコンペを開催することになった。
A社とB社の他に、われわれNLFがネットワークしている物流企業の中から、⑴業種・取扱品目、⑵売上規模、⑶システムレベルなどの観点でS社に合うパートナー候補を選んで選択肢を広げた。
著者は物流企業の紹介には暗黙の“責任”が生じると認識している。われわれが紹介した物流企業がクライアントの期待に応えることができなかった場合には、われわれ自身が失格の烙印を押されてしまう。そのため物流企業のブランドや過去の実績に振り回されることなく、現時点の現場力や提案力、トラブル対応力などを評価して、恥ずかしくないパートナー候補を紹介するように努めている。しかし、物流企業や3PLの多くは、そのことをなかなか理解してくれない。時に不満を言われることもある。残念なことである。
RFPが物流コンペの成否を握る
続いて詳細な⑤提案依頼書(RFP)を作成した。S社の物流の特徴、求めるサービスレベル、要望などをビジュアルも使って分かりやすく表現して齟齬が生じることのないよう工夫した。
RFPの精度はコンペの成功を大きく左右する。実際、RFPの情報が不十分だったり説明が不足していたりすると、「荷主の専門用語がわからない」「3PLに目的、主旨を理解してもらえない」などのアンマッチが必ず発生する。
パートナー候補各社に伝わった情報レベルが異なれば、アウトプットに差が生じるのは当然である。われわれNLFでは従来から“荷主企業と物流企業の温度差をなくす”ことを大きなテーマの一つに掲げているが、残念ながら今もなお、それは課題であり続けている。
S社の物流センターの現場スタッフは大半が直接雇用のパートである。コンペに参加した3PLには、既存パートの受け入れも条件の一つとして打診することにした。3PLにとっても新規採用から教育までのプロセスが省けるため、時給を含む待遇面の条件が合えば受け入れてもらえる可能性が高いと判断した。
システム面では、S社がWMSを自社開発して物流の強みにすべきかという議論もあった。しかし、売り上げ規模が現在の倍になるまでは、3PLのWMSを借りた方が無難であった。またS社は現在、受注システムの刷新を進めていることから、社内の業務負担・資金負担の両面で今は避けた方がいいとアドバイスした。
⑥「物流事業者評価表」の活用は、感覚的な選定とコスト至上主義を払拭して評価の公平性を確保し、最適なパートナーを選定する狙いである。
S社に限らず卸のセンター運営のポイントは万単位にも上るアイテムをうまく管理できるかである。具体的には、在庫差異の解消、ランク別のロケーションおよびレイアウトを作成することによる動線の短縮、商品マスターのリアルタイムの更新、それによるWMS活用、在庫量の適正化、誤出荷の削減などが問われる。
物流事業者評価表に基づく評価の結果、パートナーはP社に決定した。S社が先にコンタクトをとっていたA社とB社は落選となった。現在は新センターへの引っ越しを終え、立ち上げの最中である。稼働開始から40日以内に運営を安定させることが一つの目安である。3PLの真価が問われるところである。