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第208回 事例で学ぶ現場改善:『物流会社T社の経営層高齢化問題』

 創業社長は既に古希を過ぎた。いつまでも経営の第一線に立ってはいられない。複数の経営幹部によるトロイカ体制に段階的に移行する時期を迎えている。慢性的な赤字体質にも、いよいよ抜本的なメスを入れる必要がある。通常の現場改善や営業活動の支援だけでは済みそうになかった。

 

研修の効果は45歳が分岐点

 T社は首都圏近郊に本社を置く年商8・5億円の物流会社である。社員数はパート・派遣を含めて約50名。賃借物件3棟の倉庫運営と流通加工を主力としている。輸配送は全て路線会社(特積み)に委託している。いわゆるノンアセットであるために利益率が低く、過去には何度か業績不振に陥っている。

 創業社長のS氏は現在70歳代。大手機械メーカーに長く勤務して50歳を過ぎてから脱サラでT社を立ち上げたという変わり種だ。エンジニア出身で数字に強い。原価管理は得意である。ただし、客先で料金を提示する段になると、元来の気っぷの良さが裏目に出てしまい、採算に合わない業務を無理に受注して赤字仕事を強いられることがしばしばあった。

 それでもS氏は物流業の創業者によく見られる、強いリーダーシップで会社を引っ張る体育会系の社長とは対照的な、物静かな理論派であり、組織運営でもボトムアップによる意思決定を重んじるタイプであった。非常に勉強熱心で、経営幹部に対しても自らが講師を務めて社内研修を行ってきた。

 T社が経営課題に直面すると、そのたびにS社長から筆者に連絡が入る。筆者の役回りとしてはコンサルティングというよりもS社長の相談相手といった方が近いかもしれない。今回の訪問もそうであった。

 T社にはS社長を支える3人の経営幹部がいた。そのうちA氏は社長との付き合いが古く、管理全般と財務・経理などの内部体制を取り仕切っている。クルマにたとえれば「ブレーキ役」であった。

 もう一人のB氏も社歴は長く、倉庫運営全般の中心人物であり、同じくたとえれば「サイドブレーキ役」であった。S社長がトップセールスで新規案件を開拓しようとする際にはB氏が現場の立場から慎重論を唱えて、受注がスムーズにいかないこともある。しかし、倉庫のキャパシティ、準備期間、運営品質の視点から案件を検討しなければならないB氏としては、それは、当然のことであろう。

 3人目のC氏は大手企業の早期退職制度に手を挙げて、地元にUターンしてT社に加わった。入社からまだ2年余りしか経っていないが、S社長のトップセールスの弱点をカバーするバランス力とコミュニケーション力を発揮して営業活動を支援している。いわば「アクセル役」である。

 T社の課題の一つは、S社長、そしてA氏、B氏、C氏の経営幹部3人がいずれも高齢化していることであった。一般的に高齢化した組織は変化を好まない。S社長が頻繁に社内研修を行うのもそれを意識してのことだった。スタッフの知識・情報が充分ではないとS社長が判断すれば、その都度、研修を開催している。

 しかしながら、筆者の経験から言わせてもらえば、研修で新たな知識を修得して本人の意識が変わる、さらには行動が変わるということを期待できるのは、せいぜい45歳くらいまでである。A氏、B氏、C氏はいずれも50歳を超えている。その年齢になると研修は受講者に自己否定を強いるものになってしまい、素直に受け入れてはもらえない。

 それでも、45歳を超えた社員を教育する方法はある。その人物がこれまで培ってきたスキルや長所を、①褒める、②受け入れる、③伸ばすことである。それには座学よりも、できるだけ聴衆が多い場におけるOJTが有効である。

 

経営顧問とケンカ別れ

 またT社は経営陣の情報共有にも課題があった。社員に対しても紳士的な態度をとるS社長の下、A氏、B氏、C氏はそれぞれスタンドプレーに走る傾向があった。これについては、新たにトップと幹部の3名の情報共有を目的とした連絡会議を週1回、金曜日もしくは土曜日の業務終了後に開催することにした。

 3名にトップへの「報・連・相」、とりわけ事前の相談、全体連絡、事後報告を徹底させることが目的だ。S社長の年齢も考慮して、口頭ではなく内容を文書にまとめて会議に臨むように要請した。

 しかし、3人のうち倉庫運営担当のB氏はそもそも文章を書くのが苦手で話すのも得意ではない。それが原因でトップへの報・連・相がおろそかになり、結果的にスタンドプレーになってしまうということが多かった。そのためB氏に対しては、トップとA氏、C氏がそれぞれ意識して確認を求めるように促している。

 S社長自身も最近は、同じ話を初めて話すかのように何度も繰り返すようになり、物忘れもひどくなっている。資金や契約、人事についての記憶力は依然として確かであり、往年の鋭さも顕在ではあるのだが、年齢と共に衰えていくことは誰しも避けられない。

 そのことは本人も自覚していて過去には錚々たるキャリアの持ち主を顧問や相談役に招いたこともあった。しかし、いずれもS社長とケンカ別れしてしまったという。筆者はT社の顧問ではないが、S社長の相談する相手としては一番長く続いているらしい。

 S社長は物腰柔らかとはいえ、そもそも顧問や相談役の助言を素直に聞くような人物であればサラリーマンを続けていたであろう。他人にとやかく指図されたくないからスピンアウトして自ら会社を興したものと著者は心得ている。

 しかも筆者より先輩の創業経営者に対して、生き方や考え方を説くような真似はできない。その代わりに他社の事例を意識して伝えるように努めている。筆者との関係が長く続いている理由があるとすればその辺りであろうか。

 話は逸れるが、数年前に過去のクライアントの番頭役から「ウチの社長がうつ病になった。話し相手に会社まで来てほしい」と頼まれたことがある。なぜ番頭役が筆者に連絡をよこしたのかは分からない。それでも少しでも役に立てればと久しぶりにお会いすることにした。

 その社長の話を聞いていて鬱病の原因の一端は実は番頭役にあるのではないかと感じたことを覚えている。長年、補佐役を務めてはきたが、社長のことをどれだけ理解できているのか疑問であった。経営者とはどこまでも孤独なものなのである。

 

保管能力を向上して採算を改善

 T社には経営陣の高齢化の他に実務面での課題もあった。大きくは二つ。一つは倉庫保管能力の拡大である。T社は中小規模であるが、顧客は全て「直荷主」であり、かつ名だたる優良企業であった。このところ既存荷主から立て続けに増床依頼を受けており、既存倉庫の保管効率改善と新規倉庫の確保が急務であった。

 そのうち既存倉庫では、通路幅の見直しが従来から改善テーマに上がっていながら、ずっと未着手となっていた。現状では庫内搬送にカウンターリフトを使用して4000㎜の通路幅を取っている。それをリーチリフトに換えて通路幅を3000㎜以下に抑えるように筆者は進言してきた。営業倉庫としては、ごく一般的なレイアウトである。

 しかし、倉庫運営責任のB氏は「保管効率よりも作業の生産性を向上させたい」「旋回率に限界がある」などを理由に、なかなか着手しようとしない。そんなある日、しびれを切らしたS社長が、慣れないリーチリフトに自ら乗り込み搬送作業を開始した。慌てて周りは止めに入ったが、「まさか社長が自分でリフトに乗るとは‥‥」と、それにはさすがのB氏も降参。その翌日からレイアウトを変更して、通路幅を2850㎜に圧縮する作業に取り掛かった。その結果、250坪の新たなスペースが生まれて、既存荷主1社の増床依頼に応えることができた。

 もうひとつの実務面での課題は、T社の“宿業”ともいえる収益性の向上だった。損益分岐点を改善するために新たな受注が不可欠だった。ターゲット顧客をリストアップして新規開拓に乗り出したが、T社の事業規模やトラックを持っていない点などが他社に見劣りして、まったく振るわなかった。

 そこで方針を転換して優良な既存荷主に対する“深耕”戦略を採ることにした。T社が安定的に黒字を出すには月450万円の売上増が必要であった。社内コストの改善でそれを300万円まで圧縮。その上で原価計算の見直しに基づく既存荷主への料金改定を行い、業績が伸びている既存荷主5社に対しては業務範囲の拡大を提案した。

 努力の甲斐あって主要荷主X社の執行役員から「事業再編やM&Aを行った影響でいくつかの事業部で保管スペースが必要になっている。取引の長いT社さんなら安心して任せられる」という話が舞い込んだ。

 幸い、並行して進めていた4棟目の賃貸倉庫物件を確保する見通しも立っている。立地と坪単価については既にX社から内諾ももらっている。現在はX社の実績データを基に適正規模を算出しているところである。この案件が無事に着地すればT社の収益性は大きく改善されるであろう。しかしそれに続いてS社長の後継者の育成にそろそろ本格的に取り組む必要がありそうだ。

 

 
物流コンサルティング・コンサルタント